2016/12/13

粘膜





若干の今さら感はあるのだが、

上野メンズクリニックの、あのタートルネックから男性が顔を出している広告写真の発想が素晴らしいと友人K子さんがわざわざメールしてきた。

小学生男子がそのまま可憐な女性になったかのような、なんともK子さんらしい話題でのメールである。

だけどさ、あの広告ってもう二十年くらい前からあるし、広告の内容的にあまり美しい想像が膨らまないので私的にはまあ軽くスルーしてもよい話題だったのだけれど、こういうほっとけば消えて行ってしまう無駄話を私は結構愛してるので、折角なので備忘録的に記録しておこう。



「イスラム教徒はさ、みんな子供の時に包茎手術するんだよ。」

パキスタン人の旦那さんを持つK子さんならではのおもしろい話題が出てきてしまった。

「でね、終わったらお祝いするの。」

「ああ、割礼みたいなやつだよね?あれって衛生上の理由で始まった風習だよね、たぶん。暑い国に多いもんね。」

「そうそう、日本にいるイスラムの子供は病院で包茎手術を頼むんだって。私としてはこの広告センスが素晴らしい上野クリニックをお勧めしたいもんだけどな。」

「そうか。笑…そういえば、どこの国か忘れたけど、女の子でもあるよね、子供の時に女の子のクリトリスを石とかで削り取って使えなくしちゃうの。」

「ああ、切るのもあるけど、縫い閉じちゃう場合もあるよ。それもイスラム教だよ。解釈によって、女も割礼すべきと考える指導者がいるエリアだと、そうだったような。」

「ああ、割礼自体は宗教問わずけっこうあるよね。クリスチャンでも割礼って聞くし。てゆーかそれよりさ、男は剥けば使えるようになるけど、女は切ったり縫ったりしたら使えなくなるじゃん? なんかひどくない?ソレ。まあ、そういう文化圏特有の因果なり理由なりがあってのことなんだろうけどさ。」

「セックスは子孫を作るためのものだから、気持ちよくなる部分は不要ということらしいよ。縫うのは、小陰唇、かな?股間の真っぷたつに割れてるとこをそのまま縫う、みたいな感じだったと思う。結婚まで処女を守るためだそうだよ。」

「ああ、すっげー嫌だけど、そういう風習があるのは納得できるわ。聞いてるだけで痛くて叫びたくなるけどな。大体は、クリトリスとか小陰唇とか性器の一部を切除するみたいね。縫い閉じるのは、どちらかと言えば割合的には少数みたいね。」

「で、まあ、小さい子供のころにやるから縫ったとこもくっついちゃうじゃん?でも結婚したら使わないといけないから無理矢理縫い目を開くわけで、それがスゲー痛いらしい。」

「・・・・・!!!!」

「ちなみに男性割礼も痛いらしい。みんな痛かったと言っていた。」

「…今、wikiで女性割礼の項目みてみたんだけど、結婚初夜に夫が縫い閉じられた花嫁の陰部を切り開く部族がいるらしく、自力で花嫁の陰部を開いて性交を果たせなければ面目を失う、って書いてあるけど…面目なんか知るかよ。こっちは激痛だよ。」

「あ、ここのサイトに女性割礼の手術方法の種類とか出てる。色々あるんだな。なっつん読んでみなよ。ホラ。」



・・・・・・



「・・・・ごめん、怖くて最後まで読めない。」
「・・・痛いし怖いしでね・・・。」


「なんかさ、勝手な想像なんだけど、女性割礼って、女性を強くしないための風習って感じがしなくもないよね。もともと結婚前の女性は他の共同体への貢ぎ物っていうか、家畜と同じような役割があったわけだから、男が求める意味での処女性が重要視されるってのもわからなくはないんだけど、だけど結局は、こういう割礼って、女がセックスの快感に目覚めるのを、男が恐れたからじゃないかって気もしなくはないんだよね。女性割礼の理由に「性交の快感を抑制する」ってあるけどさ、当たり前の話なんだけど、大体の場合、思春期にセックスの快感を知った健康的な女の子はとりあえず貪欲にヤリまくるし、それは生物の行動としてはとても合理的で、しかも快感を知るってのは欲望の所在であるところの肉体の確認と、獲得欲からくる希望みたいなものを手にするってことなわけだから、あたりまえだけど、強くなるんだよ。そういう健康的で純粋な強い女に浮気されたり遊ばれたりして傷ついて女性不信になった男も何人か知ってるけど、そういう男を見てるとさ、男ってホントに繊細で傷つきやすいんだな、って思うよ。男も女もどちらも純粋だけどね、女はその純粋さの基盤が生理的な強さでできているけど、男の純粋さっていうのは雪の結晶みたいな脆さで構築されてる感じもするわけよ。そんなナイーブな男たちが欲望のままに強く生きる女たちを恐れて、こういう女性割礼みたいな文化を築いたんじゃないかって想像するとさ、なんかちょっと愛おしくならない?っていうか、そこまで言っちゃうともう想像ってゆーか、私の妄想ではあるんだけどさ。」


なんつーか、こういう割礼みたいな文化と無縁で育ってきた私からすると、大人になってから自分の好きずきで肉体改造するならまだしも、半ば義務的な子供に対するこんな痛い文化とか風習なんか、もうやめればいいのに・・・・!!って思うんだけど、まあそれも単なる「人権(西洋文明)」と「伝統習慣」における文明の衝突、または「自分の物質的な力に浮かれ最早自分の精力の十分な捌け口が自身の中に無いと感じ、どこかで服従の身にあるものを助けたいと思い支配欲を潜ませた干渉趣味」と、とあるサイトでは一蹴されておりました。そんなもんですかね。まあ、もともと選択肢が思いつかなければ選べないからね、風習ってそういうもんだしね。


ここまで話して別の話も思い出した。


「日本の地域的な昔の風習でさ、その地域の長が、結婚前の処女の破瓜をするっていうのあるよね。夫より先にやっちゃうやつ。」

「ああ、処女権だよね。処女権は、ヨーロッパにもあるよ。結婚前に領主が頂くやつ。…あ、違った。処女権じゃなくて、初夜権だ。内容は同じだけど。」

「そうなんだ。その風習だけどさ、古代の神事が起源になってるとか、処女の血が忌み嫌われてたからだとか、処女膜の確認とか理由は色々あるみたいだけど、とりあえず、処女性が重要視されていたとしても、先に領主にヤラれちゃうわけだからさ、実際その娘が処女だったかどうかなんて夫にはわからないわけじゃん?だから、例えば結婚前に不貞してたりとか、やむをえない事情で結婚前に処女膜を喪失してる女の子とかにとっては、ありがたい風習だったと思うのよね。真実は領主の胸の中だけにあるってことでね。なんか風習って、そういう実利的な一面って必ずあったりするわけじゃん?」


「ああ。なんかさ、…さっきの女性割礼のサイト見てたらさ、割礼の一種で、膣を切開して大きくするとかもあるらしい。子供産むときのためって。事前会陰切開的な…?」


「…え!!なんで!!なんでそんな余計な事すんの…!!頼むからもう切ったり縫ったりしないでよ…!」


「出産時の負担を軽減するためらしいが、実は余計痛いらしいと書いてあった。」



まじかよ。



……ていうか、なんでこういう粘膜系の話って、想像するだけでこうも痛いんでしょうね。









2016/10/01

Gothic


ゴシック装飾・アクセサリーショップのHdsさんの商品と、メヘンディ撮影をさせてもらいました。

私自身はどちらかというと装飾的なものはあまり好きではないのだけど、
ゴシック時代のファッションや建築は、装飾的でありながらどこかストイックさのようなものがあるから好きなんです。

ていうか、ストイックっていうより制約の中で欲求を発散し尽くしてる変態性みたいなものを感じますよね、ゴシック美術って。


「マエダさんのメヘンディはなんか建築物っぽくて好き。」

とHdsさんに言われ、なるほどなあと思い なんだか自分のやりたいことの幅も広げてもらったような、ありがたい時間でした。




メヘンディは身体と一緒になるだけでも楽しいけど、
最近は他の色々な要素や素材と関わらせていただく機会が多く、うれしい限りです。

2016/09/08

初恋

 



恋した男に振られてしまった。


サロメはそのとき14歳。

「望みをかなえてくれるというなら、その男の首がほしい。」

裸身の踊りと引き換えに、ユダヤの王である義父から受け取った。
 
その男の、首。
 

 
もう、意思も鼓動もない
ただのモノにすぎない、男の首。
 
だけど 生きたあの男に認められることと、
男の生き死にを支配することは、

実はそんなに違いはないのよ。
 
どちらもわたしの、
一部になってほしいということ。


あなたは、
そんなの愛じゃないって言うかもしれないけど
たしかにそれは、あなたが示すような尊い愛とは
違うものなのかもしれないけど、
 


だけど 恋っていうのはね、
 
相手を大切にするってことじゃなくて
あなたの幸せを願うってものでもなくて
 
ただ、自分を愛するための感情なの。
 
だから私は美しいあなたを所有して、自分の思うようにしたいと欲するし
わたしのためだけにあなたがいると、たとえ錯覚であっても感じていたい。
 

欲望が満たされたときに自分は自分を認めるし、
獲得したという体感は、根深く自尊心を支えてる。


それはとても自然な肉体の欲望。
 


もちろんだれでもよかったわけじゃない、
それがあなたであったから、
それは恋になりえたのよ。
 
 

 
 
自分ひとりの殻を破り肥大する自我。

自分以外の人間を経て得る、初めての自己肯定の恍惚。



自己愛の純粋。
 
 

photo by maeda natsuko
 
 
 
 
 
 
 

2016/06/06

死生



 
この生理的な嫌悪感を与えてくれる無粋なガスマスクを
 
エロスの一部と感じるか
タナトスの象徴と捉えるかは
 
きっとその人の死生観によるのだろうね。
 
 
ちなみに私はこのマスクにタナトス由来のエロティシズムを感じましたが、
 
「死」という概念を好む人間は「死」に対してエロティシズムを感じており、
「エロ」を好む人間は「死」に魅せられている、と、
私は常々感じております。
 
 
 

 
Art by 中里一日
model by Lima
Photo&mehndi by マエダナツコ


2016/05/08

 
深く濃い、真っ黒い闇の中に
月明かりくらいのほのかな光が差し込んできたときに浮かび上がる、
女の人の身体のかたち。
 
それが私の『綺麗なもの』のイメージ。
 

そのイメージがあるせいかな。
 
黒くて暗い背景で撮るのが、しっくりきます。
 

 
photo by maeda natsuko


2016/03/29

幸福



もう十年以上前に別れた男の、消息を知る機会があった。

 当時は独身だったその男も結婚して、子供も生まれて、いわゆる世間一般でいう幸せな家庭を築いているようで、私はそれを聞いたとき、なんというか心の底から一点の曇りもなく、「よかった」と思って嬉しくなった。


 余計なお世話かもしれないが、彼も、その奥さんも、今もこれからも幸せでいてほしいと思った。
 本当に余計なお世話かもしれないが、女に依存的に執着するあの男の浮気性が影を潜めているか、もしくは奥さんがそれを許容してくれていることを切に願った。
ていうかどちらにしても穏やかに不幸がなく暮らしてくれてるなら嬉しかった。


そんな風に、昔の男の幸せを喜んだ瞬間、当時死ぬほど好きだったその男に対する興味が、一切、自分の中から消えていることに気がついた。


 心の底から男の幸せを喜びながら、心の全部で「どーでもいい」と思っていた。



・・・そうか。
 私が好きな男の幸せを願えるのは、その男に興味がなくなった時なんだな。
と、なんだか漠然と思ってしまった。

 

*****

たまに、何人もM女を抱えるSMのS男や婚外恋愛を推奨する男がよく使う言葉に、「相手の幸せを喜ぶ」というようなものがある。
どちらも複数の女性と関係することを良しとする立場の男性が、自分と関係する女性が他の男と付き合いだしたり結婚したりした時に、反対したり嫉妬したりせずにその女性の門出を祝福してあげる、というようなニュアンスでそのような言葉を使う。
 

正直、私はその言葉の意味が、実感としてはさっぱりわからない。
 

実感としてはわからないが、もちろん男という生物の生理ということで考えれば、理解はできる。
複数の女性と関係することをオスの基本だとする男にしてみれば、いちいち関係した全ての女を独占したところで面倒なだけだし、その男たちが築こうとするある意味での秩序が成り立たなくなるし、関係するすべての女達の希望に応えられるわけではないから、そういう意味では女たちの幸せも奪いかねない。
だから、その「相手の幸せを喜ぶ」というスタンスは、そういう男たちの女と関わる上での策というか美徳のようなものではないかと想像する。


ていうか、実際私がこの言葉を聞いたのは主に男性からだけだったのだが、女性でも同じようなスタンスで男と関わる人っているんだろうか?
まあ勿論、世の中にはそんなお人もいるんだろうが、そんな女性がいるとしたら、私と彼女はもう同じ女とはいえ身体の組成からして違うような気がしてしまう。

それくらい、その言葉は私にとって意味を成さないもんなんだ。
 

勿論、私だって人の幸せは願う。
 

大事な友達や家族は近くにいてもいなくても、健やかに笑っていて欲しいと切に思う。
 周りが幸せでいてくれないと自分が幸せでいられないことは身に染みてわかっているので、できることなら自分に関わる全ての人に不幸が無いよう願っているし、特に二年前に生まれた甥っ子とその家族に関しては、自分を含め他の誰が不幸になってもいいからその子だけは絶対に幸せに生きてほしいとその2歳児の笑顔を見るたびにエゴイスティックに願ってしまう。



だけど、好きな男は別なんだよね。
 
私は、好きで好きで仕方がないくらい好きな男の幸せを願ったことは、
ただの一度も無い。


ちょっと好きな男や、仲のいい男友達の幸せならいくらでも願える。
 彼らがもし求めてくれるなら、私にできることならしてあげたいと思う。まあ、とは言っても大体いつもお世話になるのは私の方で、私が彼らにしてあげられることなんて多くはないのだけれど、なんというか、そんな風に建設的に幸せというものを考えられる。



だけど、本当に好きな男に関しては、無理なんだよな。
 
私は、恋愛感情というものは独占欲と同義だと思っている。
 独占欲に、性欲が絡んだものが恋愛だと思っている。

もしかしたら、そうではないもっと高尚な恋愛というものが世の中にはあるのかもしれないが、私には経験が無いのでわからない。
 

自分が、暫定的にであれ他のどの男よりかっこいいと思った男が、同じように女である自分を選んでくれたなら、それほどの快感なんて他のどこを探しても無いわけで、そんな「あなたが一番、だから私も一番にして」という自己肯定欲求と所有欲が性欲と合わさったらもうなんつーか、セックスが楽しくて仕方ないわけである。
 
「一番」てゆーか、「一番であり、唯一」かな。
おそらく私は、そんな独占欲でもってセックスを楽しんでいる。
その感覚がないと、セックスはつまらない。
まあ、無くてもできるんだけどなんとなく物足りない。
もしかしたらそこらへんの感覚は男女や個人で差があるのかもしれないけどね。


だけど、当たり前のことだけど、現実に人生を生きていると、お互いだけで必要な人間関係の全ては賄えない。
 
男はたまには他の女を欲しがるし、
 家族愛と性的な欲望は両立しないし、
 愛している男の世界は、私を含めた私以外のあらゆるもので成り立っている。
 私に与えられないものは、他の人間に求めるしかないこともある。
それは私も同じことで、「この人だけ」ですべて賄えることはあり得ない。


だから、生きているかぎりは、私の独占欲は永遠に満たされることはない。

 満たされたような錯覚を得るために、例えばセックスしたり結婚したりするのかもしれないが、結局人がひとりで生きていけないのと同じように、二人きりでだって生きてはいけない。

 独占欲が極まると、早く相手が死ねばいいのにと思ってしまう。
 

今もこれからも自分以外の人間と幸せでいるという想像に耐えられない。
不倫関係のモツレで女が相手の男や家族を殺してしまう事件や、殺してしまった後に男の局部を切り取って持ち歩く女の物語があったりするけれど、私にはその女たちの気持ちがよくわかる。

女である私は自分の身体を切り売りできない。
たまにあちこちから男の身体を頂くことはあるかもしれないが、自分の身体を与える先はひとつである。
たったひとつの与え先である男に対する執着が、どれほどのもんかと思うのである。


もちろん私も良識のある大人なので、今まで男を独占するために殺したり大きなトラブルを起こしたことはないし、私が本当に好きになる男は大抵、完全なる平和主義者で父性的な一面で私の退廃的な欲求を受け止めつつも律してくれるので、「死ねばいいのに」という欲求は今のところ幸いにも現実になったことはない。
まあ、そういうのを律してくれる男を好きになるあたりが、基本的には私もバランスの取れた平和主義者なんだと思っている。



だけど、
好きでいるかぎり、いつも相手の人生が、自分と一緒にいるうちに終わって欲しいと思ってしまう。
本当に相手を独占できるときがあるとしたら、それは相手が私以外の世界と切り離されるときなのだと想像する。
それは、まぎれもなく彼にとっての不幸なのだと知ってはいても。

 

「相手の幸せ」


そんなこと、貴方が死んだあとにいくらでも願ってあげよう、と私は思う。
 
幸せを願えないセックスは楽しい。
この退廃的な独占欲が、女に生まれてきた醍醐味のような気さえする。
私にとっての男に対する愛っていうのは、呪いのようなものなのかもしれないな、と思ったりもするけれど。



 独占したいと思える男に出会えることがわたしにとっての幸運で、
 独占しあうためのセックスは快感。
そんな男と互いに独占していると錯覚しあえることが私の幸福。

 
相手の幸せを願えずに
私は結局なにも手に入れられないまま死ぬのかもしれないが、


それは到底 不幸と呼ぶには値しないと、私は体の全てで納得している。








2016/03/09



「以前から不思議だったんだけど、Sの女とMの男のカップルって、いったいどうやってセックスするの?」

そんな素朴な疑問を、SMの調教師の加賀さんにきいてみた。

いや、昔から疑問だったんですよ。
だって、一般的にセックスって男が攻め手で女が受け手でしょ。
精神的にってゆーか、生理的にそうでしょ。

S女とM男ってゆー、攻受にこだわりつつも、その攻受が逆転した関係性で、どうやって最終的にセックスできるのかっていう。

いやもちろん、世の中のSMを楽しむカップルの中にはガチで仕事もプライベートも日常も非日常もSMでしかない人もいますけど、大方のSM愛好者たちは別にいつも縄で縛られたり鞭打ったりしてるわけじゃなくてフツーのセックスもするし、職業女王様はだいたいプライベートではMだって聞くし、そんな日々の一部でだけでSだのMだのを楽しむ人が多数だっていうのはわかってるんです。
わかってるんですよ。


 私が聞きたいのは、そういう場合に応じてある程度自分のS性やM性を加減できるSM愛好者の話じゃなくて、真性の根っからのS女とM男の話なんです。

まあ、そんなM男に関するお話を、こんな揺るぎなく確固たる真性S男の加賀さんに聞くこと自体がお門違いかもしれないんですけどね。
だってS男とM男って、基本的にはなかなか解りあえない感じもするから、交流もなさそうだし。

 
「いや、俺は昔、出版社でSM雑誌を作ってたろう、その時には女王様と一緒にM男も相手にしてたからな、M男とも交流はかなりあったんだよ。」

ああ、そうか。
 
「なに、じゃあ、Sの女王様とM男のセックスって、最終的にはどうやってするの。
ずっと騎乗位なの?それくらいしか、私には思いつかないんだけど。」

 
「なんだおまえ、今度はM男相手になんかやろうっていうのか。」
 
「はは!いや、ちがうって。以前からの、素朴な疑問なんだけど。」

私は基本的にはM男には興味はないんだよね。
もう何年も前に、付き合ってた男がお尻の穴を弄って欲しいとか仰向けに寝た自分の下半身を私の足で踏みつけてイカせてほしいとか言い出したことがあって、その時は興味もあってちょっとワクワクしたんだけど、結局、興味だけで終わってしまった。

その時に、思ったんだよね。

「お尻掘ったり踏みつけたりしてあなたが気持ちよくなるのはいいんだけどさ、最終的に私はどうやって、気持ちよくなればいいわけ?」って。

加賀さんは、吸っていたまだ半分くらい残っている煙草を灰皿に押し付けた。
最近は煙草の量を減らしているようだけど、やっぱりお酒を飲むと吸いたくなるもんなのかな。
煙草が吸いたくなる感じって、どんな感じなの、イライラするの、と聞いたら、加賀さんは少し考えて、「口寂しいっていうか、キスしたくなる感じとちょっと似てるよなあ。」と言ったので、じゃあ、キスしてあげようか?と私が言ったら、加賀さんは猫みたいに人懐っこくて綺麗な眼を細めて笑って、わかったわかった、後でな、と言った。



「結論からいうと、S女とM男の間では、挿入行為としてのセックスは、成り立たないんだよ。」

え、そうなの。
 
「だってほら、考えてもみろ。男にとっては、セックスの挿入っていうのは攻撃行為なんだよ。どうやって、自分が額づいてる女王様相手に攻撃行為ができるっていうんだ。」
 
「ああ、そうか。なるほど」
 
「大体、M男はな、肉体的な痛みとか、羞恥心や屈辱感を女王様に誘導されることで興奮するわけだから、自分のペニスを女王様のあそこにいれて犯すっていう、考え自体がもともと無いんだ。そういう頭の回路自体が無いから、もし、実際、挿入とかそういう状況になると、大体は、硬くなってたモンも萎えるんだよ。使いモンにならなくなるんだ。
 思考のどこかで、攻撃行為であるところの挿入行為を拒否してるんだろうな。
S女だって同じ事だよ。
 支配欲に酔ってるところに挿入されたら優位性もなにもないだろう。
 女は女で、気持ち良くなればなるほど精神的にも肉体的にも弛緩してM的になっていくように体ができてるわけだけど、女王様がプレイ中に気持ちよくなってあんあんいうわけにもいかないからな。
まあそれは、Sの男性の場合でも同じことだけどな。
だから、つまるところ基本的にはM男とS女は挿入行為としてのセックスはできないんだよ。」


・・・ああ、なんかそれはわかるわ。
攻める方が喘いじゃったら、もうアウトなんだよね。
私、ヤッてる最中に男が喘ぐと一気に気持ちが冷めるんだけど、それも攻受の関係性がその時に揺らぐからなんだよね。


「あ、でもさ、M男の方は挿入は無いにしてもイクことはできるよね。女王様に下半身を踏みつけられてイカされるのもアリなわけでしょ。だけどもしM男がそれでよくても、女の方は、それだけじゃ満足できないよね。」
 
「ああ、だから、本当のS女は不感症の女が多いよ。そうじゃなきゃ、M男の相手なんか、できないよな。」
 
「不感症って、感じないってこと?」
 
「いや、感じるんだけど、イケないってこと。実際、女王様でそういう女は、結構いるんだ。そういう女とヤッてるとな、あんあんずっと言ってるくせにイケなくて、こっちも手を尽くして色々やってやるんだけどな、しまいには「私のことはもういいので、先にイッてください」とか言われたりするんだからなんだかなあって気分になったよなあ。昔の話だけどな。」

「その場合の不感症っていうのは、セックスの経験が少なかったり、たまたま下手な男にしかあたってこなかった女の子が、イッたことない、っていうのとはまた違う話なんだよね。」
 
「もちろん違う。それは、いわゆる病気じゃないからな。不感症の原因は大体は精神的なものだけど、レイプとかDVの経験があったり、結局は男との信頼関係が築けてないってことだよな。あとは父親の寵愛が過ぎたりとか、セックスに対する罪悪感が植え付けられてる場合とかかな。
まあ、レイプとかDVの経験があっても、不感症になるやつもいれば、Mになるやつもいるからな、それは心の問題だから一概には言えないんだ。
誰しもが、お前みたいにヤルたびに10回も20回もイケるわけじゃないんだよ、まあ、お前の場合は、どこからどこまでが本気で演技なのか、わかんないけどな。」


加賀さんが吐いた煙草の煙が大きく広がって私の顔を包んだ。
不意に息を吸ったら、喉がキリリと傷んで咳きこんでしまった。
もともと喉は弱いのだけど、最近は他人の吸う煙草の煙でもむせるようになっちゃったんだよなあ。
もともと私の身体は、刺激物に対して強くはないんだ。
そのおかげもあって、いままで体を酷使せず生きてこられたのかもしれないけれど。

「まあ、S女がみんな不感症ってわけじゃないから、中にはどうしても体で快感を得たいS女はM男の立ったペニスの根っこをリングで締めて、立たせた状態にしたままで挿入したりもするよな。無理矢理リングで締めて立たせるわけだから、それだとM男もそのペニスは自分の性器ではなくて、女王様が遊ぶための道具だと思えるんだよ。だから、それならオッケーってことで、お互い納得できるんだろうな。」


・・・なんか、こう言うのもあれだけど、色々ややこしくて大変だね。
もうなんでもいいじゃない、入れて擦ればきもちいいんだからさ、ってゆーことには納まらないあたりが人間らしいってことなのかなあ。



「あのな、これはSの男も同じなんだけどな、射精の快感なんて、たかが知れてるんだよ。
大したこと無いんだ、出すことの、肉体の快感なんて。
だからこそ、MもSも、色々妄想して、想像して興奮して、時にはそれを現実にして、実際の肉体以上の快感を得るんだ。

肉体じゃなくてアタマで、快感を得てるんだよ。
そういうやつらにとっては、もうただ入れて擦るだけの快感なんて、快感とは感じないんだよな。」

そう言って加賀さんはその日会ってから7本目の煙草を揉み消した。
そういえば今年齢67を数える加賀さんは、健康状態のこともあり減酒も試みていたようだけど、結局酒を減らしたことで不眠が悪化して、お酒の量はまたもとに戻ってしまった。
身体が依存してるものから自由になるっていうのは、なかなか難しいもんなんだろうな。

そんなことを考えていたら、そんなお酒や煙草の煙のように、今までの年月で加賀さんの身体に蓄積されてきた女やセックスの記憶のようなものを不意に思った。
それは業のように加賀さんの身体に染みついていて、不幸にか幸福にか、別ち難く加賀さんの肉体や存在をかたち作り、ほんの少しのある部分では蝕んでいるようにも思えた。


「加賀さんはさ、そんなにM男の気持ちもわかってるんだから、たまにはMもやってみようかなあなんて思わないの。ずっと本気でS一本でやってたSMの調教師とか緊縛師の男の人が歳取ったらMに寝返るパターンって多いんでしょ。加賀さんは、そういうの興味ないの。」

「ないね。まったく、無い。」

「ふーん、まあ、そう言うとは思ったけど。楽しそうだなあとか思わないの。」

「いや、もっと若い時だけどな、やってみたことはあるんだよ。」

「あ、そうなの。」

「ああ、当時知り合いの、結構有名な、って言ってもSMってものが流行り出したくらいの時のことだから今考えればまあ綺麗ではあったけど大した女王様じゃないんだけどな、まあ当時は有名なその女王様ふたりにな、「加賀さん、Mやったことないの?一度くらいやってみればいいのに~!楽しいわよ~!」って持ち上げられてな、まあ、酒が入ってたってこともあって、縛られたり吊るされたりMの真似事をさせられたわけだけど・・・・別に全然、楽しくなかった。」


そ、そうか・・。


机に置かれた灰皿に、加賀さんは8本目の煙草を押し付けた。
四角い陶器の灰皿に、8本の煙草は律儀にも同じ向きで、だけど自然に並べられていた。

「SMは、特に男のS性と女のM性は、普遍的な、人間の生理だからな。」

と加賀さんは言い切ったが、
それは私にも、なんとなく、わかる気がした。










2016/02/07

ピースフル


男友達の清人と海際のホテルの部屋にいた。

「ナツコ、あなた以前、男ふたりと三人でセックスしたことあるっていってたでしょ。それってどんな気分なの。」

海際のホテルとは言っても夜遅かったので、窓からは真っ黒な重苦しい夜の海しか見えなかったし、男友達の清人は酒をのんで酔っ払っていた。

酒に酔っ払ってるこの男友達相手に話したことがどれだけこの男の記憶に残るもんなんだろうなあと考えたが、まあ、下戸な私はこういうことが多いんだ。
実はその話も、二度目なんだけどね。


「ああ、3pの話ね。なんかさ、3人ってことに、不思議と興奮はしないんだよね。わたしの場合はね。勿論、たとえば彼氏と私と、第三者としての男がもうひとりという状況だったら、被虐性とか彼に対する背徳感でもっと興奮できたかもしれないんだけど…
私がそのときやった相手はさ、仲のいい男友達ふたりだったからね、なんつーか、別に刺激的とか興奮するとか、そんな感じではなかったんだよ。」


「…俺、それ聞いてるだけで興奮するけど?」

「多分、聞いてるだけだからだよ。実際にやったら、場合によっては興奮してる余裕なんかないかもしれないよ。笑  3pってさ、ただ性器の擦りあいとしてのセックスをするってだけじゃなくて、結局は3人の関係性をどうつくるかが全てだったりするわけだから。
カップルと第三者の3pの場合は大体は嫉妬心を煽るだけだからわかりやすいけど、たとえば見ず知らずの男女が3人集まったらどう関係性をつくるのかって話でしょ。
男女女の場合はさ、大体女ふたりがレズするか、1人の男に女ふたりが奉仕するかのどちらかだけど、見方によっては男1人が女二人を満足させなきゃいけないわけだから、それはそれで結構大変だよね。女ひとりをホテルの部屋のクロゼットの中に縛って閉じ込めて、そこにもうひとり別の女を呼んでセックスしてる声だけをクロゼットの中の女に聞かせて楽しむ阿呆な男も知ってるけど、まあそれはちょっとSM的だよね。
男二人に女ひとりの場合は…やっぱり、男ふたりにやられてるっていう被虐性がいいのかなあ。AVにもたまにあるパターンだよね。正直、私はよくわかんないんだけどね、そういう、レイプにもにた被虐性って。まあそれは、男の妄想なのかもしれないし、見方を変えれば男2人に女が奉仕してもらってるってことかもしれないしね。」


部屋の窓際の椅子の上で、清人は珍しく日本酒を飲んでいた。
酔っ払っている時の、饒舌で人懐こくなる清人も好きだけど、私は普段の少し遠慮気味で距離感のある清人もセクシーだからとても好きだ。


セクシーな男は、女との距離の取り方がとても上手い。
女の、降伏と受容と警戒心の、いつもちょうどいいところに気持ちと身体の距離を取る。
警戒心すらも女にとっては刺激になると知ってか知らずか、器用な男は無意識に女との間合いを図る。
いつもちょうどいいとこにいてくれるから刺激的で、だからこういう男といるとやりたくなるんだよな。


こんないい男といれて、しあわせだなあ。

なんて考えてるとお酒が無くたって酔っぱらえるので、なんて私ってお得な女なんだろうなあ。なんて思ったりもする。


「あ、そういえば。」

「わたし、その男二人と仲良くヤった時にさ、変な話なんだけど。」

「うん」

「…世界平和って、こういうものなんじゃないかって思ったんだよね。笑」

「…え!なんで」

「なんかね。うまくいえないんだけど…漠然と感じただけなんだけどね、女ひとりに男ふたりでさ、それってフツーに考えたらものすごく不均衡がうまれるバランスだと思うわけ。しかもセックスっていう人間の根幹的な欲望が支配する状況で…争いもせず、誰かが主張するわけでもなく、その関係性の輪を保つためにある意味理性をもってことに及ぶその人間が人間たる、欲望を理性で整える姿勢自体がね。なんて、平和なんだろうって思ったよ。世界の人々がみなこんな姿勢で生きてたら、争いなんておこらないだろうにと。笑」

もちろんその時のメンバーの取り合わせが、適度に距離感のある仲の良い友人同士だったということも幸いしたとも言えなくはないわけだけど、なんていうか、逆に恋愛感情や独占欲が無かった分、みんなが冷静に、相手を思いやれた部分もあっただろうね。
ある意味で、愛のない世界っていうのは平和なんだよ。


「…あ!そういえばなんかそんなこと、なにかの本で読んだことあるな。なんの本だったんだろう、忘れたけど、複数人でセックスした時にピースフルな気持ちを感じた、とかなんとかそんな記述だったかな。読んだときは、複数のセックスでピースフルなんてさっぱりわからなかったし、いまでもわからないけど、きっとあなたがそういうんだったら、そういうことなんだろうね。」


へえ、そうなんだ。
てっきりそんなことを感じるのは私だけなのかなとも思ってたけど、結構世の中の人たちも複数人とのセックスで平和に思いを馳せたりしてるんだなあ。
って考えると、アブノーマルって一体なんだよ、って感じもしなくはないけど、まあノーマルと平和って、あたりまえだけど同義語ではないしなあ。


本当に平和な世界に「平和」という言葉が存在しないのと同じように、たとえば「倫理」や「道徳」という概念が存在しない世界というのは、倫理道徳以上に人間の自発的な、平和的な意志が存在し実行されている世界なんだろうなと、意味もなく想像してみる。

そこまで大げさな話ではないけど、私があの時感じたピースフルな気持ちというのは、そんな妄想の、一瞬の一欠片みたいなもんだ。
それは勿論、なにかの真理のようなものではなくて、というよりも真理と錯覚できてしまうような甘美な人間の妄想の一片のようなものなんだと思う。

そんな世界が人間に必要なのかどうかも、わからないしな。

「そういえばさ…いま、思い出したんだけど。たとえばさ、ナツコ、あなたと、あなたの大好きな彼氏と、他の男と3人でヤルとするでしょ。その場合、たとえば片方の男のモノをあなたの下の…体の方に咥えて、もう片方の男と、あなたがキスするとするでしょ。その場合、大好きな彼氏とは、どちらがしたい?彼氏とは、キスをしたい?それとも、他の男とキスしながら、彼氏に下にいれてもらいたい?」


「…それは」

「うん」

「…どう考えても、大好きな彼氏とはキスしてたいねえ。」

「だよね。俺も、そうだもん。好きな人とは、キスしてたいんだよね。」

「うん、だってさ、リアルな話、下の方に入れられてても、五感的には触感だけでしょ。キスはさ、相手の顔も見えるし、匂いもわかるし、味もするし、感じる感覚が多いからね。あとさ、正直いうと、男の人のモノなんて大小の差や硬さの差こそそこそこあれそんなに極端には感触って変わんないわけ。だけど、特に視覚的に見える顔とか目線って、人によってすごく違うでしょ。こういう言い方は下品かもしれないけど、もし目の前で大好きな彼氏が自分を見つめているとしたら、自分のお尻側で腰を動かしてるだけの男なんて高性能なオモチャにも及ばないわけ。なまじオモチャじゃなくて人格がある分、人格としては惨めにすら思えるかもしれないね。男側がどう思ってるかはわかんないけどさ。それに特に私は、男の人を好きになるときに顔の造作とか目付きとかで好きになることが多いから、やっぱり視覚的な刺激っていうのは、大きいってのもあるけどねえ。」

勿論、人によるのだろうけど、
精神的な部分のことでいえば性器なんて結構どーでもいいのかもしれないね。
たまに女の人でも、触られてもいないのに言葉や視覚的な刺激だけで興奮してイケる人もいるみたいだし、そう考えるともはや人間の性器って結果的に使ってるだけって感じもしなくないような。


「だからさ、その、キスの話だけど、もし俺とあなたと、他の誰かと3人でセックスするとするでしょ。そのときには、俺はあなたとキスしてたいの。わかってる?」

「じゃあ、誰かと3人でしようよ。この間 清人、いってたじゃん。そういうの一緒に楽しめそうな人がいるって」

「うん、今週、その人と会う予定があるから、打診はしてみるよ。・・・ただ、その人がOKするかどうかは、わからないけれど。」

「うん、それはもちろん、乗り気じゃないならやらなくてもいいだけの話じゃない。別に、やらなきゃいけないことでもないわけだし。」

そう、そういうことは、

べつにやる必要がなければやらなくてもいいことなんだ。
たとえばそんなアブノーマルな遊びが刺激になるのは、単に自分の、ノーマルの部分に深く捕らわれている人たちに限ってのことなのだと思う。
刺激は刹那的なものでしかないし、モラルの壁を超えたところでなにも超越しないし、なにか重要なものを手に入れるわけでもない。


必要がない人にとっては、本当に必要のないことなんだ。


清人は酔いも極まって、窓際の椅子の上からそのままベッドへと転がり込んだ。
少し私の身体に絡んできたので甘えてきたのかと思ったが、清人はそのまま静かに寝息をたてながら、眠ってしまったみたいだった。

風がないせいか波の音はほとんど聞こえなかったけど、あいかわらず窓の外には夜の、黒い海が見えた。
夜の海は重々しくて得体が知れなくて、足を踏み入れようものならそのまま引きずり込まれてしまうような怖さがあるけれど、私はそういう不気味さも、嫌いじゃない。

この男にも、あとほんの少しだけそういう部分が加わったら、もっと私好みの男になるんだけどなとも思ったけど、だけどそんなものを、この男は本当には必要としていないんだろうな。
なんてことを考えながら、私も同じ寝床の隅っこに陣取って、眠ることにした。







2016/01/02


久しぶりに酷い夢を見た。

思いつく限りで最悪の夢だった。


深夜、動揺で呼吸が浅くなったせいか、頭に血が昇り軽い吐き気を感じて目が覚めた。



「奇形の性器を持った人たちが、でてくる夢だったんだよ。」

数日後、会った友人のナオミさんにその夢の話をした。

「性器が奇形って言ってもさ、両性具有とかそんな魅惑的な奴じゃないんだよ。本来あるべきじゃない身体の部分に男の性器が生えてたり、その性器が中の内臓と連動してその内臓と一緒に脈打って動いてたりするんだ。女の性器がこう開かれた中には膣口の代わりに眼球がそこにあって、その眼はちゃんと神経も通っててこちらを見据えていたりしてね。でね、一番印象的だった場面なんだけど、真っ暗な暗闇の中で、胸部にナマコみたいなできそこないの男性器が生えてる男が出てきてね、その男が、その胸部の性器を手で擦りながらオナニーしてるわけ。もちろん、こっそり隠れるようにやってんだよ。自分の性器が奇形で醜いから、それを隠すように暗闇の中でね。で、オナニーしてるってことはさ、もちろん興奮しているわけでしょ。興奮して、血圧が上がって、筋組織に血液が流れ込んで、身体が活性化してくるでしょ。でね、その男は性器が胸部にあって形も変で奇形ではあるんだけど、なんていうか身体そのものができそこないで、皮膚や血管とかの身体の組織自体がすごくもろくて、そのオナニーの興奮に身体がついていかないわけ。興奮して、身体が活性化すればするほど、身体の組織がそれに耐えきれなくて、皮膚のあちこちが裂けて血液が噴出して、身体が血だらけになっていくんだ。もちろんその男は失血して死にたくないからオナニーをやめようとするんだけど、その性的な興奮を抑えることができなくて、やめられなくて、身体のあちこちの皮膚がぱっくり割れて今にもその身体自体が脊柱から砕けて肉片になってしまいそうになりながらも血だらけのままオナニーしてて、私はそれを目の前でずっと見てた。もちろん夢の話だからさ、支離滅裂だしツジツマも理屈もないめちゃくちゃな内容だから、私がこうやって話してどれだけその時の私が感じた衝撃が伝わるんだろうって気もしなくはないんだけど。ただ、ホントにその夢が衝撃的でさ、気持ち悪さ的には、顔の毛穴全てから芋虫が出てくる夢を見たときに匹敵するくらいのもんだったね。」


国分寺の北口のスターバックスで、ナオミさんにそんな話を聞いてもらった。
贔屓にしていたドトールが数年前に閉店してしまってから、結局国分寺ではここを愛用するようになってしまった。


「・・・へ~~! なんだろ!すごいな!夢は、確実に潜在意識だと思うんだけど、私は夢判断的なセラピーは面白くないからやらないことにしてるんだ。でも、おもしろいね、その夢の話。」

「うん、そうだよね。夢って確かに潜在意識なんだけど、出てきた人とかストーリーって、大体の場合特に意味はないんだよね。私はそれより、その夢の中の自分が感じている感情の方がおもしろいよ。理性は嘘つきだけどね、感情は正直だから夢の中でもいつもそのまま露出してくるでしょう。そういう意味では夢ってすごくダイレクトだよね。直視したくなくて無意識に隠していた感情が夢に出てくるって、私の場合はよくあるよ。」


夢の話をこの友人のナオミさんにしたのは、ナオミさんがメンタルとフィジカルを扱う療法士であることと関係があった。私はこれより二か月ほど前から原因不明の精神的な疲労感と虚脱感から抜けられず、なんというか少しだけ気持ちが参っていたんだ。


「その奇形の性器を持った男はさ、本当は自分のそんな醜い性器を見るのも嫌で、できることならだれの目にも触れることなく隠しておきたかったんだけど、ほら、ふつーに性欲が湧いて興奮してくると、そんなナマコみたいなできそこないの器官でも大きくなって立ちあがってくるわけよ。で、大きくなると隠しておけないでしょ、それで動揺して隠そうとして慌てるわけなんだけど、結局、その欲求に逆らえずにオナニーをし始めるわけ。で、最終的には身体が血だらけになってもオナニーがやめられなくなるわけなんだけど。・・・・なんていうか、すごくグロテスクで滑稽で、それで切ない夢だったんだよ。奇形の性器っていうすごくグロテスクな自分が見たくもないものを直視しながら、自分の命の危機すらも足蹴にして性欲に支配されてる人間っていうのが、なんかすごく哀しいっていうか・・・なんか、そんな感じの夢だったんだよ。」

「その男っていうか、それもマエダさん自身なんだろうけどね。夢に出てくるのは、みんなその人自身だから。」

「そうだね。当たり前のことだけどそれは本当にそうなんだよ。私は、人が欲望を持つ、なんて言い方は嘘だと思ってるから。欲望は人に所有されたりなんかしないよ。欲望は常に人の上に在って人を支配してるもんだと思ってるし、その欲望はある意味では自分ひとりの命なんかよりも強くて重いもんだと思ってるし、だって、特に性欲なんていうのは種の保存のための欲求でしょう。個の欲求っていうより、種の欲求なわけでしょ。自分一人の命なんか、性欲の前では屁みたいなもんなんだよ。そういう意味では、死ぬまで欲を果たし続ける今回の夢も、何も不思議なことはないんだよね。ただ、いままで私が漠然と思っていたことが、あまりにグロテスクで具体的な形で表れてきただけのことで。」


夢の中だというのにその男は、やけに生々しい皮膚をしていた。
皮膚の湿度は人間のそれというより、まるで海の生物のような硬質で原始的な生生しさがあった。

夢の中だというのに、かすかな潮の香りのようなものも感じた。

その男はそんな海の生々しさの象徴のような自分の性器を嫌っていたのかもしれなかったが、その一部を持つ肉体自体を生かす力と、生かされている理由も知っていた。

自分の命を超える優先事項。

顔は見えなかったが、男は泣いているような感じがした。
自分の身体の醜さと、自分の肉体すら自分でコントロールできないことを哀しみながら、それでもなお身体を突き動かす興奮に身を委ねることの快感に、浸っているようにも見えた。

興奮で軋んだ身体から流れたその血液は、その男の肉体から流れてまた海に戻るのかもしれないと思った。

自ら自分の命を無下にするのはひどく哀しいが、
それは自分の上に君臨する大きな力に身を委ねることと同じと思えば、ある意味、甘美とも言えなくはない。


ナオミさんと話しながら、ふと思った。
ああそうか、だから、
哀しい、じゃなくて、切ない、んだな。


身を切られるような悲哀の隙間に、垣間見えるかすかな甘美。
滑稽とグロテスク。


身体じゅうから失血した男は、欲望のままにそのまま死んでしまったんだろうかと考えた。
それとも強い欲求に身体がついていかず、欲望を果たせぬまま血だらけの醜い身体を抱えて惨めに泣いている結末もアリかもしれない。
死ねば滑稽で、生きていれば惨めだ。

だけどまあそれはどちらでもかまわない。

どちらにしても、そんな哀しく惨めな夢の中のその男を、私は愛おしいと思った。


***


「結局、人間として生きていて、どれだけのことを自分で決めることができてるんだろうって思うんだ。だって、私は自分の身体すら、自分でコントロールできてるわけじゃないでしょう。身体は、私の意志とは関係なく勝手に生まれて、勝手に生きて、勝手に死ぬ。その間は幸運にも恒常性をもって動いて、勝手に病気になって、運が良ければ勝手に治る。その中で私ができることといえば、せいぜい余分なストレスで自分を病気にしないことくらい。自分の身体は、いったいどんな大きな力によって生きさせられているんだろうって思う。それは別にさ、自分を生かしてくれてる周りの人々に感謝しましょう、みたいなそんなありがたい話じゃなくてさ、なんてゆーか、自分は別に自分が生まれたいだけの理由で生まれてきたわけでもないし、自分が生きたいだけの理由で生かされてるわけでもないってことでね。自分の肉体が生まれてきた目的や理由は、ある意味ではきっと私個人のそれとはまったく関係がないんだろうね。」

自分の個の身体としての、したいしたくないの意志はお構いなしに、きっとそれ以上の欲望としての大きなエネルギーというものがあるんだろう。
それがたとえ美しく優しい光のようなものではなく、すべての光と色を内包するグロテスクな海底の暗闇であったとしても。



「まあ、たしかに、特にセックスの問題って、大きいからね。人間のおおもとの部分だから。私のところに来る患者さんでも、結局、最終的な問題はそこだろうって人、多いよ。精神的にも、肉体的にもね、セックスの問題が、病気として現れる人って多いんだよ。このあいだもさ、こーんなふうに、身体がこわばって動かなくなっちゃってるような人が「先生、どうしたらいいですか」ってきたけどさ、なんつーかそれはもうあなた、「セックスすればなおりますよ!」て言ってあげたいくらいだったけどね。まあ、言えないけどね。」

「・・・ああ。わかるわ。あ、だけど、女の人の場合は、セックスすれば、っていうか、したい相手としたいときに良いセックスすれば、ってことだよね。逆の意味で、セックスしてることが原因で病気として症状が出る人もいるだろうね。まあどちらにしても、身体や精神の問題がそこに行きつくことっていうのは、少なくないんじゃないかと思うわ。」

「うん、そうだね。」

「でもなんか、不思議なんだけど、あの夢見てから私、ちょっと元気になってきたんだよ。変な話かもしれないんだけど、最近調子悪くなってから性欲も枯渇してる感じがしてね、調子悪いから枯渇してんのかと思ってたけど、むしろ枯渇してたから調子悪かったのかな、なんて思ったりもしてさ。なんか、あの夢見てから、ちょっとお腹のあたりに力が湧いてきているような感じはするよ。笑」

「あはは!そうなんだ、まあ、どっちが原因かなんてどうでもいいことだよね。まあ、夢のことはさ、意味がどうこうっていうより単に、自分にとっての性欲がそういうものだってことを、思い出したっていう、単にそういうことでいいんじゃないのかな。」

うん、ホントにそうだねえ。

自分が、死を目前にオナニーできるかどうかはわかんないけどね、
だからあくまで観念的なもんではあるんだけどね。



っていうか、新年早々、毒々しい話でごめんなさいねって感じですが
今年も私らしくいろいろがんばりたいと思います。


よかったら今年もなかよくしてくださいね。

2016年もどうぞよろしくおねがいいたします。



*謹賀新年*