2011/12/30

2011



「ストーカー」の話、とか
「女性が身体を売る金額」の話、とか
なぜか忘年会でみんなで話した「こういう死に方をしたい」話、とか
ブログに書きたい事は色々あるのですが
なんだか最近頭がうまく回らないので、来年に持ち越します!

今年は、私にとって、多分人生の一番大きな節目のような年でした。

この2011年があったおかげで、
これから死ぬまでの数十年も更に楽しくやっていけそうです。

今年、出会った方々、

今までずっとお世話になって来ている方々も、

どうぞ来年も宜しく仲良くしてくださいね。

遊んでくださいね!!



よいおとしを!

2011,12,30  マエダナツコ























2011/12/24

冬至も過ぎて


年末から年始にかけて、沖縄に旅行にいってきます!

そして、来月末から、また十日間ぐらい、バリ島にも行ってきます・・・

なぜこんなに暖かい場所に旅立ちたいかというと、
どうにもこの冬の寒さが厳しいからですよ。


今年、なんだかいつも以上に寒くないですか??


生まれて初めて、寒さで涙が出ましたよ。


「今年、クリスマスケーキ買う? 作る? いる??いらない?? どうしよっか??」

・・・って昨日、母と言ってたら、
偶然にも友人がその日ケーキをプレゼントしてくれました。


わ〜〜い!! やったーー!!


意外とこういうのって、いくつになっても嬉しいもんだなあ。

私と母、ふたりで完食する予定です。






2011/12/13

癒し


昨日は久々に、愚痴りたい気分になりました。

愚痴りたい原因は、英会話の勉強が思うように進まないからです・・・。

海外旅行から帰って来るたびに思い出したように英会話の勉強を始めるマエダですが
これがどうにも私の望むペースで進まないってことなんですね。

もともと私は理屈っぽいというか、
言葉というものに支配されている部分が人より強い気がするので、
そういう人間が英会話の勉強のために頭のスイッチを日本語オフに切り替えるということ自体が、
そりゃもう、かなりのストレスなんですよ。

考えるな、って言われてんのと一緒なんです。

だって思考なんて言葉が無ければできないんですから。

だったら英語で考えればいいじゃんって思うでしょ?


つーかそんなことができるなら、わざわざ英語の勉強してないっつーの!!


・・・まあそれはそうだけど、
それでもできないって言ってないで頑張ってやらなきゃできるようにならないよ、
・・・というのが、普通は真っ当な正論ですよね。



でもさー


そんなことは私だってわかってるんだよー!!!


わかってるけどできないから今こうしてイライラしてんじゃーん!!


だってできないんだもん!!


しょーがないじゃん!!!





・・・って昨日は私、そんなかんじだったんです。

自分の頭の中でね。

そして

ああ、そうか。

これを 人にいうと「愚痴」というものになるんですね。
なんてことをぼんやり考えてしまいました。


私がマッサージの仕事をしてきたこの5年間で得意になった事のひとつに、
「人の愚痴を聞く」というのが、あるんです。

ちまたでは人間ができた人ほど
「人の愚痴は、まあできるだけ聞きたくは無い、それこそ自分の愚痴なんて、人に言うもんじゃない。」

・・と思っている人が多い気がするのですが、

意外と、コツを掴むと人の愚痴を聞くのってある程度なら楽しいもんなんですよ。

愚痴りたい気分の人って、
大体の場合、フラストレーションの吐け口として、愚痴るんですよね。

ただ聞いて欲しいだけなんです。

相談しているわけじゃ、決して、無いんです。

解決策なんか、別に提示して欲しくないんです。

本当にただ、自分の鬱積した不快感を、言葉にして喋りたいだけなんです。

はっきり言って、聞く方としちゃかなりめんどくさいですよね。
人の不満を聞くだけなんて、別に楽しくも何ともないし、
場合によっては自分まで不快な気分になったりするし。

しかも、愚痴る人って別に解決策を欲してるわけじゃないから、
たとえば聞いてる側が親身になって、
「そんなにそれが嫌なら、こうすればいいじゃないですか」
みたいな解決策を提示したところで、愚痴りたい人にとっては鬱陶しいだけなんですよね。
前向きなエネルギーを保てない時に、愚痴るわけですから。

そんなことわかってんだよ・・
わかってるけど、できないんだよ!

みたいなかんじですかね?

ますます、愚痴を聞く方としては、聞き甲斐が無くなりますよね。
自分が愚痴りたい今だから言える事ではありますが、
愚痴りたい時って、ただ単純に、

「うん、そうか、そうなのか」

という、相づちが欲しいだけなんだよね〜〜。
別に、わかってくれなくてもいいんですよ。
わかってくれたら嬉しいけど。

で、「そうか、そうなのか」の後に、
「たしかに、それって、そうだよね〜。大変だよね〜〜。」
みたいな、同意を示す言葉があれば、なお GOOD!!

別に、一緒に悩んでくれなくていいんです。
てゆーか、一緒に悩まれたらそれはそれで鬱陶しいし。
自分が喋りたいだけ、喋れれば、それでOK!!

みたいな感じで、

愚痴るヤツなんて、往々にして自分勝手なんですよ。

で、自分勝手に愚痴る自分を受け入れてもらえる事が、ちょっとだけ嬉しいんです。

不平不満を吐き出すだけ吐き出しちゃうと、
意外と人間って気持ちが平になっちゃうもんなんですよね。
状況は何も変わってなくてもね。

人の愚痴をまあさして苦もなく聞けるようになる術を身につけると、
他にも、「おばあちゃん、その話、もう5回目だよ」
みたいな年寄りの昔話や、中高年のオジ様たちの「俺の語り」に対しても、
意外と余裕を持って耳を傾けられるようになります。

「人に話す」

と いうのは、それ自体が一種のヒーリングのようなもの。

マッサージの仕事をしていたことで得たものは、
意外とマッサージ自体の技術よりも、そういうことだったような気がします。

それにしても、

「愚痴」

って、この漢字・・・ちょっとひどいですよね?

漢和辞典で調べてみたら、
「愚かで知恵が足らない」って 意味ですって。

全然 関係ないのですが、

私がなぜか好きな言葉に「愚の骨頂」というのがあります。

これ、英語だとなんていうんですかね?
















2011/12/10

寂しい




彼氏が欲しい・・・。」と友人の菜々ちゃんが言うので、

「なんで?」と 訊いてみたら、

「なんかさー、たまに夜ひとりで過ごしてたりすると、無性に寂しくなるんですよね・・。
 ア〜〜・・・こんなに頑張ってるのに、やっぱり私って一人なんだ・・って思って、
 この間も寂しくてひとりで泣いちゃったんですよ。」


ああ

なるほどね・・・。

「寂しい」のか・・・。


でも この今年25歳のエステティシャンの菜々ちゃん、
結構モテるので別に男の人に困ってるようにも見えないのですが。


「でも菜々ちゃん、彼氏かなんだか知らないけど、いつも男の人なら近くにいるじゃん。」


「はい、いや勿論 今もいるんですけどね、なんかいつもダメなのばっかなんですよ。
 妻子持ちとか、鬱持ちとか、金が無いヤツとか。
 今、付き合ってる男は未だに前の女と切れてなくて、
 アイツは俺がいないとどうなっちゃうかわかんないから、みたいなこと言って。
 あ、その前の女って鬱で何度も自殺未遂してるらしいんですけど。
 てゆーかそんな女を切れない男もホントにバカだと思うんですけどね、でも
 私もその男と別れられないんですよねえ・・・。」


「うん、知ってる。だけどさ、菜々ちゃんはそういう男が好きなのかと思ってたよ。
 菜々ちゃん、男の面倒見るの好きじゃん、世話してやってると自分の『必要とされたい』
 っていう欲求が満足するわけでしょ。それこそ必要とされている時は寂しくないわけでしょ、
 需要と供給がほどよくマッチしてダメな男が菜々ちゃん目がけて寄ってくるんだよ、よかったじゃん。」


「・・・そりゃたしかにそうなんですが、だったらなぜ私はシアワセになれないのでしょうか?」



アハハ!!

たしかにそうだね?

なんでだろう?


私が勝手に思うに、なんかこの「寂しい」って言葉が、ちょっと気になりませんか?


「寂しい」って、何なんでしょうね。


たぶん、この菜々ちゃんの場合の「寂しい」っていうのは、
たとえば「大好きな彼氏にいま会えなくて寂しい!!」みたいな誰か特定の対象物に対しての寂しさでは、
おそらく無いですよね。

たぶん、なんかわかんないけど、ただ漠然と寂しいんですよね。

漠然としたその寂しさを埋めてくれる誰かが、きっと欲しいわけですよね?

「寂しさ」っていうのは、結局「欠落」に対するマイナスの感情だと思うのですが、
その漠然とした寂しさを感じる人の場合、
その欠落が結局その人の内側にある気がするんですよ。


自分自身に自信が無い、
自分が嫌い、
自分の事を誰かに認めて欲しい、


そういう自分自身の「欠落」を誰か他人に埋めてもらいたいという欲求が満たされない、
そんな哀しさを、ある人たちは「寂しい」と表現するのではなかろうか?と。

ただ、この「寂しさ」がちょっと厄介だなーと思うのは、

その自分自身の欠落を「他人」に埋めてもらおうとしているとこなんですよ。

「誰かに私という人間をまるごと受け入れて欲しい、そうすれば私、自分に自信が持てるのに。」

って 感じですかね?


これって、けっこう厄介だと思う。


周りに被害はそんなにないんだけど、
自分自身が結構キツいんじゃないかなーと思ったりします。

というのも、なんとなく、こういう風に「寂しい」と言う人たちは、
自分自身の「欠落」というものに対して眼を向けない人が多い気がするから。

大もとの根っ子の問題を見ずに、どれだけ枝葉を伸ばせるかと、あがいてもねえ。


キツいですよねえ。


たったの一度でも、自分のその欠落と向き合ってみれば、
そこから一気に何かが変わると思うんですけどね。

「自分の欠落を埋めてくれる誰か」を求めるんじゃなくて、
「自分の欠落を自分自身で埋めて行くために、必要な誰か」を求めるようになるわけだから。

でも そういうのって、他人がどう説教したところで、ムリなんですよね。
自分自身から眼をそらしてる時って、周りの事ばっかり気になっちゃうし、
勝手にテンパっちゃうし、
自分自身と向き合うのって、結構覚悟決めないとできないことだったりするから。


「まあ、菜々ちゃんがこの先、
 例えばそのダメ男との攻防の末に行き着くとこまで行き着いちゃったとしても、
 それはそれで菜々ちゃん自身のかけがえの無い人生だからさ、
 私はそれはそれでいいんじゃないかと思うんだけどね。」


菜々ちゃんの話がなんだか彼氏の愚痴を含めた堂々めぐりになって来たので、
とりあえずそんな感じで話を切ってみました。


だって、自分の人生を作る権利も責任も、結局は自分にしかないわけだから。


たとえどんな人生でも、自分の人生を心底、愛せるのは、自分でしかないと思うよ。


自分を全て抱えて受け入れて、生かしてくれる他人なんて、絶対に存在しない。


だけどさ、自分らしく生きていこうとする自分を支えてくれる人は、
すぐそばに、たくさん、いるんだよ。



そう感じる事ができるだけで、


たぶん菜々ちゃんは、「寂しい」って言葉を
もっと自分の愛する人のために使えるようになるんじゃないかと、
そう思うんだけどな。













2011/12/05

肉を食べる。


友人の奥野サンが神田にステーキのお店をオープンしたので、行ってきました。


今回は、カメラマンとして!


写真撮影と言えども勿論、食べる気満々で行ってきました。
わ〜〜い!! 肉だ!!!




てゆーかすごいボリュームです。
450グラムって・・・

「だって・・・お肉を食べてしあわせな気持ちになって欲しいから!!」
と、奥野氏。

それじゃあ 仕方ないね・・・。
ちなみに、たしかハーフサイズもあります。


肉をひっくりかえすだけで、なんかすごい迫力でした!

私、肉は基本、生に近ければ近いほど、好きです!!
冷たくなければいい!ってくらいに。


ほらネ?

すごいでしょ?

肉!!

肉です!!


アルコールは私、飲めないんですけどね。
絵的に、そそるよね。

今回、はじめてまともに食べ物の写真を撮らせて頂きましたが、
「食べ物はできるだけ寄って色さえ綺麗に撮れればなんとかなる。」
と、漠然と思いあまり今まで深く考えずにいたのですが、
さすがに今回は人のために撮るということで、
やっぱりちょっと緊張しましたよ・・・。

せっかく撮影のために色んな料理を用意してくれているのに・・
全然マトモな写真が撮れなかったらどうしよう!!みたいなね。

いやもちろん、楽しかったけど
意外と小心者なんです、わたし。

まあ実際は前日から「明日は肉を食べるゾ!!」って
ワクワクしてましたけどね。


これはランチのハラミステーキ!
わたし、これが好きです。
超 やわらかい。


赤いくらいがすきなの!
できるだけ生で!!

私はね!!


せわしなく厨房と客席を行き来する私を尻目に、
たんたんと作業する奥野氏・・・。

そんなに長い付き合いでもないのに、
妙に落ち着いてしまうから不思議です。
ちなみに、お店は神田駅から歩いて2分くらい。

「アナンダ」というお店です。


「牛乳石鹸」っぽい牛さんがお出迎え。
肉が食べたくなった方は是非探してみてください。








2011/11/30

三神さん


私の友人の中で、一番、私が色んな事をしゃべり尽くしている人。


78歳のおじいちゃん、三神さん・・・。


コレだけ歳は離れてるんだけど、妙に気が合うんですよね。
仲良くなるのに、年ってホントに関係ないんだよなあ。


意外とお喋りしても毎回、話題は尽きないんですよ。




「三神さんってさ、すっごい『カン』がいいよね、宝くじとか買わないの?」


この日はいきなり『カン』の話になりました。
話題を振ったとたん、ぴしりと即答の三神さん。




「買わない。他のギャンブルに比べて、どう考えても割が悪いんですよ、宝くじは。
 第一にね、ギャンブルっていうのは運もあるけど、集中してやらなきゃだめなんです。
 惰性でやったら絶対負ける。競馬でも麻雀でもカジノでも、自分が集中できる時間を
 決めて、その時間は集中して、やる。そうすれば、結構いいとこまで行くんです。
 私の場合、例えばカジノであれば、集中できるのは30分が限度。勝ってても負けても、
 集中できる30分の中で、集中して、遊ぶんです。」




へええ〜〜。


よくわからないけど、勉強になります。


なぜ私がこの三神さんに『カン』の話を振ったのかといいますとね、
この三神さん、自他共に認める、類い稀なる第六感と勝負強さの持ち主だからなんですよ。


何十年前の話でしょうか、
バブル経済の崩壊を予見し、当時でっかく商っていた商売を持ち前の潔さで一気にたたんだことで
一財産を築き、現在まで悠々自適な生活をおくるこの三神さん。


カンの良さはこの一見にとどまらず、
まあ、ちっちゃな話ですが、私が「今日はケーキが食べたいな〜〜。」とか思うと
ケーキ片手に遊びに来てくれたりとか、そんな感じでいつも絶妙に空気を読んでくれる人なんです。


すごいでしょ?


最近思うんですけど、
そういう『カン』っていうのは、自分の進むべき道を覚悟を持って見据えた人にだけ、
与えられるものじゃないかと思うんですよ。


『カン』を授かるのにはまず、周りをただ見渡す前に、自分が進むべき道は何なのか、
まず自分自身を見つめる作業が必要なのではないか と。


まあ、ケーキとかそれくらいのもんならもっと何気ないものだと思うんですけどね。


まあ 場合と程度によりけりってことで。




「宝くじの話が出たから折角ですけど、マエダさん。」


「はい?」


急に改まる三神さん。


「実はこの間ふと思ったんだけどね、宝くじ、あなたのお母さんが買ったら当たる気がするんですよ。」




・・・・




ジャケットの内ポケットから黒い皮の財布を取り出し、
おもむろに一万円札を取り出す 三神さん。




「コレで、あなたのお母さんに、宝くじ、買わせてみて。」




・・・




一万円札を受け取る、マエダ。
ちなみに、三神さんと私の母は実際に会った事は無いんです。
ただ、私がよく母の話をするので、三神さん自身は妙に母のキャラクターに好感を持っているようなないような・・・。




「私が買っちゃ、ダメですか?」


「ダメ。」


「じゃあ、宝くじ売り場、ドコがいいか私が調べてみよっかな〜。」


「ア〜〜ダメダメ!!あなたがやっちゃだめです。お母さんの好きなとこで買わせなきゃ。」


「ってゆーか、私も母も、産まれてこのかた宝くじって買った事無いんですけど・・。」


「売り場でね、連番10枚とバラ20枚って言って買って。そしたら大体そのくらいの金額でしょ。」




なにを企んでいるのか、なにやら楽しそうな三神さん・・・・。




「な? なんだか たのしくなってきただろ?」




むむ たしかに・・・。


いやなんだかわかりませんが、私もこの段階で無性に楽しくなってきてしまいました。
人に、宝くじを買わせてみるという、この不思議な感じ。
「この人に任せてみたら、どうなるんだろう?」っていう、
「この人」を信用する感じとでもいいましょうか。
「この人が当たったら、いいよなあ。」っていう感じも勿論ありますよね。
この一万円という金額に対しての重さは勿論人それぞれ、
三神さんにとっては小さいものかもしれませんが、
いかんせん この三神さん、気にいったものに対してはものすごく気前がいいけど、
出したくないものに関しては一銭だって身銭を切らない、結構ケチっちゃケチですよ。
そんなお人ですから、なにかしら楽しいことを予感してのことなんでしょう。




「じゃあ、母に買わせてみますけど、もし当たったら、どうするんですか?」


「うん、ホント〜〜に、でっかく当たった時にだけ、教えてくれればいいよ。」


 ハイ、 わかりました・・・。






さて、 どうなるか。
なんか、ここに書いちゃった手前、
曲がりなりにもおもしろい結果であって欲しいと、
変なプレッシャーを感じるマエダです。




































































2011/11/27

飛ぶ鳥


飛んでる鳥を写真に撮りたくて、


がんばって狙ってみても、なかなか撮れないんですよ。


なぜって、鳥が飛ぶのが速すぎるから!


あっという間に視界から消えてる。


視界に鳥が飛び込んで来たら、構図とか考えずにとにかくシャッターを連打!!


たまに、コレくらいのが撮れたり撮れなかったり。


鳥が飛んでる姿は、綺麗で、気持ちがいい。


狙ってもなかなか撮れないあたりが、なんか、いいんだよなあ。



































2011/11/21

みんなで腸詰め!


友人家族と、ソーセージ作り!!


3年ぶりくらいにやりました。
マエダの趣味です。
3回くらいしかやったことないけど。


以前、フランクフルトを何度か作ったことがあるのですが、
今日はホットドック大の、中太ソーセージサイズで!




友人の子供たち。
子供と一緒に料理って、なかなか楽しいですねえ。


いい加減でいい!って感じが、GOOD!!


味は二の次、楽しめればいい!!


料理っていうより、どっちかっていうと工作気分。




羊の腸に、肉詰め完了。
意外と体力勝負の作業です。侮るなかれ。
これを、好みの大きさにねじります。




今日は長めのソーセージ大。
このねじり作業が、一番楽しい。


そして、茹でます。




茹でて一度 中まで火を通したら、
そのあとしっかり焦げ目が付くくらいまでこんがりフライパンで焼きます。


今日は、パンに炒めたキャベツとはさんで、ホットドックにしました。


食べながら、友人が一言。


「これってさ、味は充分おいしいけど、もうちょっとぷりっとしてもいいかもね?」


「あー、そうなんだよね、ホントは脂身をさらに練り込むとプリっとするんだけどさ、
 脂身を刻むのって結構大変だからさ〜・・・。」


「なるほど、脂分の問題なんだね。」


「うん、ホントは脂が溶け出さないように茹でる時も70度くらいで茹でるんだけど、
 それもちょっとめんどくさいからさ〜〜・・・まあ、テキトーに・・。」




・・・ってかんじで、まあ、いつもテキトーなので、
今回もテキトーにやらせていただきました。


マエダ的にはおもしろければ OK!! ってことで。


「腸」を触るなんて、なかなか普段できないでしょ?


そこらへんのちょっとしたビックリ感が楽しい、ソーセージ作りです。


味にはそうこだわらず、とは 言ってますが、


それはそれで、なかなかもちろん美味しかったですよ。