2013/06/30

眠くなる話


「彼氏が、友達と浮気してたの。」

セラピスト仲間の菜々ちゃんが一年ぶりにいきなり会いに来てくれた。

この菜々ちゃんは会社や男関係でトラブルが会った時にしか私に連絡をよこさない。
ここ一年音沙汰が無かったのはきっとそこそこ楽しい日々を送っていたということだろう。

そして、一年ぶりに連絡をよこして来たと思ったらこの話である。

「SNSで仲良くなったセラピスト繋がりの女の子がいたのね。ある日突然向こうからメッセージが来て、『今度、菜々さんが勤めてるサロンにスタッフ募集で応募しようと思ってるんです、よかったら色々教えてください』みたいな感じで言って来たの。突然SNSで大した前置きも無くメッセージがきたから、初めはちょっと失礼なコだなとは思ったんだけど、私ももうそのサロンで4年も勤めてるし、たとえば私がそのサロンはこういうサロンですよ、だからもしあなたがこういうことをやりたいなら是非このサロンに来てみたらいいと思いますよ、もしくは反対にね、色々話を聞いてみてそのコがちょっとウチのサロンには合わないかなと思ったら別のこんなメニューのあるサロンの方が向いてるかもしれないから、もう少し色々探してみたらどうですか、とか、そのコがサロン探しをするうえで役立つようなことを言ってあげたいなって、思ったのね。正直、私その時仕事が5連チャンの3日目で、すごく疲れてて、その上にね、その日はひとり欠勤があったからその分も私が施術しないといけなくて、指なんか指圧しすぎて痛くて鬱血して青くなっちゃってたんだけど私がやる以外にないからなんとか予約分を施術して、ひとり終わる度に裏に行って保冷剤で指を冷やして、痛くてつらくて冷蔵庫の前で指冷やしながらちょっと泣けてきちゃったりしてさ、とにかくそのくらい忙しくてぐったり疲れていた時だったんだけど、そのメッセージをくれたコも同じセラピスト仲間で、できるだけ力になってあげたかったからね、そこで出会ったのも何かの縁ですから、力になれるかわかりませんけどなんでも聞いてくださいねってその夜にそのコにメッセージを返したの。」



・・・話の前置きが長い、のは菜々ちゃんの話す時の癖である。


おそらくそれは、
自分の話を確実に相手に伝えようという心意気からくるものであろうと推測するが、
前置きが長過ぎるせいで私はいつもこのへんでうっすら眠くなってくる。


そしてこの前置きの段階から、菜々ちゃんは私の眼をしっかり見据えて、
何かを訴えかけるように真剣に話す、というか、語る。


決してだらだらと言葉を紡ぎ続けるわけではない。

明確な伝える意志をもち、声に力を込めて、語る。

不思議なことにそれがなぜか、私の眠気を誘うのだ。


一年ぶりに会った友人の前で眠るわけにもいかないので、
私はなにげなく話の流れを断ち切ろうと試みた。


「なに?その女の子と彼氏が、浮気したわけ?」

結論を求める私の質問には答えず、
菜々ちゃんは、目線を戻して強く言葉をつづけた。


「あのね、3回目くらいまではメッセージの内容も普通だったのね。だけどね、4回目くらいから『菜々さんの彼氏はどんな人なんですか?』みたいなことを訊いてくるようになったの。なんでそんなこと訊いてくるのかなーとは思ったけど、まあ、それでもメッセージのやりとりは続けてたのね、実はその時さ、私の彼が前の女と切れてなかったことが発覚して、私、結構彼氏と揉めてて辛かったのね。彼氏のお母さんが一人きりで山梨の実家に済んでいて、寝たきりではないけどあまり自由に動けるような状態ではなくて、そのお母さんの世話をしに、彼氏は月に2、3度実家に帰っていたんだけど、彼氏はホラ、鬱で精神的に不安定だから仕事もしてないし、お金がないでしょ、実家に帰るための交通費とかもないわけじゃん、私、さすがにひとりきりで山梨にいる彼氏のお母さんのことも心配で、交通費とか、出しててあげたんだよね。私だってお給料は高く無いし、正直、先月だって以前お世話になった上司が亡くなって、その人は大阪にいたんだけど、わざわざ日帰りで新幹線使ってお悔やみにいって、経済的にはキツかったんだよね、だけどさ、彼氏が本当に申し訳ないけど、山梨への交通費だけでも貸してくれないか、っていうから、やっぱりお母さんのことも可哀想で、交通費とか、だしてあげたんだよね。なのにさ、実際は、彼氏、山梨にお母さんに会いに行ってたんじゃなくて、山梨で前の彼女と会ってただけだったんだよ。私、とにかくすごく哀しくて、裏切った彼に対して腹がたって、その前の彼女に彼氏のケータイからメールしたの。おたくの彼氏は、東京にも彼女がいるんですよ、って。そういうことご存知ですか、って。そしたらその彼女からすぐに返信がきて、『そんなこと初めて知りました、だけど、彼とはもう1年も付き合ってるし、彼と出会ったのは運命だと思っているのでいまさら別れる気はありません』なんて言われて。」



・・・・眠い。

なんだか頭がぼーっとしてきた。

菜々ちゃんが真剣に話せば話すほど、
私の頭は何かを拒否するかのようにぼーっとしてくる。

菜々ちゃんのこの話で、眠くなるポイントはおそらく二つ。
できるだけ状況を詳しく説明するわりには、そのどれもが意外と結論とは関係が無い点。
そして随所に散りばめられる「自分はこんなに大変で辛くて頑張っている」感。

おそらく菜々ちゃんは、この話を通して何かを私に相談したいわけではなく、
とにかく自分がいかに今、「大変で辛くて人のためを思って頑張っているのに不幸」であるのかを、
訴えたいだけなのであろう。
大変だね、可哀想だね、菜々ちゃんは偉いのに周りの人ひどいね、
・・・と、きっと言って欲しいのだろう。

なんというか、菜々ちゃんの話し方はある意味非常に明瞭であるにも関わらず、

目的という頂上に向かって山の裾の尾から徐々に山の表面を埋め尽くすように、
石の塀が積み上げ貼り詰められていくような息苦しさを覚えるから不思議である。

それはきっと、決して菜々ちゃんは対話というものを求めているわけではなく、
そして自分の話に対しての他人の意見を聞きたいわけでもなく、
ただ、自分の話に同意、同調してもらうという目的のためだけに、
話をしているからなんだろう。

自分の目的に誘導するための話し方という点では、催眠術のようなもんである。

人は誘導されることを無意識に嫌うので、
そういうことをされると眠くなると何かの本で読んだことがあったが、
もしかしたらそれと似たようなもんかもしれない。


「でね、そんな感じで彼氏と揉めてたから、そのメッセージをくれた彼女に私の彼氏のことを相談したんだよね、お母さんに会いに行ってるんだと思って心配してお金を貸してあげてたのに、裏切られた、って。そしたらその彼女もね、すごく相談に乗ってくれて、『彼氏、ひどいですね』って。『菜々さんはもっと誠実で菜々さんを大事にしてくれる人と付き合うべきだ』って言ってくれてね、なんだかメッセージをやりとりしているうちに彼女とすごく仲良しになったんだよね。でさ、そんな感じで一ヶ月くらいたったんだけど、ある時そのコからメッセージがきたんだよ。「実は、半年前からあなたの彼氏と付き合ってるんです」って。」



・・・


「・・・私、急にそんなこと言われてもワケ解んなくて、その彼女にメッセージしたんだよね。どういうことですか?って。そしたら、急にてのひら返したような乱暴な言葉でメッセージが返ってきてさ、『このSNSで半年前に彼に会って、それから一ヶ月後に実際にホテルであって、今では週に一回彼とあんなセックスやこんなセックスをしてますよ、彼はあなたのことをただの便利な女だって言ってるし、しかも彼、他にも何人も女がいますしね』って。私、スゴくショックで、身体が震えてきちゃって、前の女とも切れてないのに、この女もかよ、とか思って怒りで泣けてきて、涙ぼろぼろ流しながらその女に『死ね』って恨みをこめてメール打って、彼氏の家まで行って彼を問いつめたら彼が開き直って急に激昂して、ああ、そうだよ、だけど誰とも別れない、なんて言うから、私も思いあまって彼の顔を平手で殴ったの。彼は仕事ができないくらいの躁鬱で安定剤とか飲みながら部屋に籠ってるんだけど、急に感情が昂って暴力的になる時があってそれが怖いのね。だけど病気だから仕方ないし、私がなんとかその病気を治してあげたいと思って、やっぱりコンビニのお弁当とかスーパーのお惣菜じゃなくてちゃんと手作りの栄養のバランスのとれた御飯を食べさせてあげたくて、付き合い出してからはどんなに仕事で疲れてても彼のために御飯を作りにいってあげたりしてたし、一日中家でゲームしてたりするから首とか痛くなるみたいで、それは安定剤のせいかもしれないけど、夜、仕事が終わって泊まりに行った時とかでも彼が寝るまでマッサージしてあげたりして、そこまで私が彼のことを心配してあげてたのに、結果がそれかよ、裏切りかよ、とか思ってすごく自分が哀しくてさ、思わず彼を殴っちゃったんだよね。そしたら彼も殴り返してきてさ、頭。彼さ、何かと言うと『自殺する』って騒ぐんだけど、やっぱりその日も自殺する、って騒ぎだして。」


・・・

「キッチンにあった包丁まで持ち出してさ、びっくりして奪い取ったら今度は私に馬乗りになって私の首を絞めてきたの。私が必死で近くに転がってたでかいバッグを彼の顔に叩き付けたらさすがにちょっと我にかえったのか私の身体からは離れたんだけど、そのあと冷蔵庫からビール出してきて、ひたすら睡眠薬とビールを交互に飲み続けて。」


・・・で、結局、その彼氏とは別れたの?

結局、私にとって肝心なのはそこだけである。


「私が別れる、っていうたびに、彼が感情的になって自殺する、って言うの。今月入ってからもう二回も『今から自殺する』って連絡がきて、慌てて彼の家に様子見に行ったりしてる。ただでさえ仕事で忙しくて身体がボロボロなのに。彼から連絡が無い時はきっと他の女のとこに行ってるんだろうな、また私を欺きながら他の女とセックスしてるんだろうなとか思ってストレスで吐き気と下痢を繰り返してる。毎晩、一人で泣いてる。食べても吐いちゃうから痩せたし。夜も眠れなくて、仕事中もぼーっとしちゃって同僚にも迷惑かけちゃうし。急にものもらいとかできちゃうし。体調がとにかく悪いよ。身体は正直だよね・・・。」


てゆーか、「自殺する」って言って本当に自殺するやつなんかいないんだから、
そんなのほっとけばいいのに。
万が一本当に自殺したとしても、それはその人の人生だよ。
身体壊すくらい苦しんでる菜々ちゃんが、なぜそこまでしなきゃいけないのさ。

聞けば菜々ちゃんは、それだけもめたそのあとも、
自殺コールの度に鬱の彼氏の家に通い、
別れたいけどほおっておいたら死んじゃいそうで不安だからと
メールなどで連絡を取り合っているようである。

自分も新たに処方された睡眠薬を飲みながら、
ストレスでかぶれたという眼の周りの皮膚は赤く腫れ乾燥して粉っぽくなっていた。
最近は皮膚が荒れ、化粧もできないという。

しかしそんな状態でも最近、
菜々ちゃんにはまたそのSNSで新しい彼氏ができたというので
早くその前の彼とは連絡を絶たないと面倒なことになるよ、と
忠告はしたのだが、彼女はそれでも前彼の自殺コールは無視しない。



「だって、なっちゃんはそんな風に言うけどさ、
 ひとひとりの命がかかってるんだよ?」



・・・


なんだか、ここまで話を聞いた時点で、急に何かが冷めてしまった。

きっと菜々ちゃんは、不幸、がスキなのである。

そうでなければ、この度重なる不幸に彼女が執着する理由が無い。

自分の苦労話を、情感たっぷりに語る人がたまにいるが
私が知る限り菜々ちゃんもその類いの人間である。

彼女は不幸や困難が幸せに結びついている、と思っているのかもしれない。
苦労するからこそ、犠牲を払うからこそ、
幸せを手に入れられると思っているのかもしれない。
私はこんなに誠意を尽くして頑張っているのに、なぜ報われないのか。
もしかしたら彼女はそう思っているのかもしれない。
困難や苦労、それに耐えることこそに意味が有り、
そんなもののない、楽な人生は軽薄で正しく無いと、
もしかしたら思っているのかもしれない。

苦労や困難に、意味や価値なんかは無いよ、と私は思う。

人々が苦労に意味を見いだしたがるのは、
そうでもしなければ渦中にいる時が辛いからである。

私は、苦労してるから幸せになれるという考え方はスキではない。
そういう人に限って必要以上に苦労を求め、自分で自分の池に水を張り、
自分で飛び込んで勝手に溺れながらそれを他人のせいにしているように見えるからである。

そして、他人の幸せに対して、正しいの正しく無いのというからである。

幸せは、頑張るから手に入るわけではない。
ちなみに、正しさとも関係ない。

私はこんなに頑張っているのになぜ、と訴えられても
え?だって、頑張るのが、スキなんでしょ・・・?としか言えない。

頑張らなくても幸せなんて簡単に手に入るのに、
頑張る幸せがスキな菜々ちゃんはきっと一生頑張り続けるのだろう。
だって、それが菜々ちゃんにとってのしあわせだから。

ごめんよ、菜々ちゃん・・・。

ちなみに、どんなにその人にとって重大な事柄であっても、
不幸な話は共感しづらい。

不幸の度合いが強ければ強いほど、共感はできなくなる。

しかも、男女間のそういう話はえてして不幸になるほど滑稽である。

この気持ちを解って欲しい、と訴えられたところで
対応策を求められている場合は別として、
そんな他人の不幸な気持ちまで普通は味わいたくはないであろう。

苦労は本当に個人的なもので程度にも個人差があるし、
なおかつ苦労話なんて共有したところで気持ちよくもなんともない。
ゆえに聞いたところで楽しくも何ともないのである。

ああ、重ねがさねゴメンな、菜々ちゃん。

だけどさ、苦労や不幸がなぜ自分にまとわりつくのか、
他人のせいにするのではなく、自分自身に向き合って考えることができたなら、
そういう話し方はできないんじゃないかと思うんだ。

その手の苦労話は、辛ければ辛いほど、
渦中にある時にはひたすら自分に問い続けることしかできないし、
全てを乗り越えた後はいかにおもしろく、
人を笑わせるために話せるかが肝心なところではないかと。

でなけりゃ、苦労なんかに意味は無いよ。

まあ 別に、おもしろいから、いいんだけどね。

菜々ちゃん、またなんかあったら、遊びに来てね。




2013/06/24


ここ数年、思うんです。

インターネット上で文章を書く時に、
果たして(笑)と  www、
どっちを使えばいいのかと。

結論から先に言うのもなんですけど
はっきり言えばどっちだっていいのはわかってるんですけど

これって、気になり出すと気になるんですよ。

当たり前のことですけど、人がどちらを使ってるかは全然気にならないんです。
気になるのは果たして自分が(笑)とwww、
どちらがよりスキで使いたいかということなんです。


(笑)が実は第二次大戦前から法廷の速記録で使われてたという歴史とか
ネットスラングとして広まったwwwは時と場合によって好感度が落ちるとか、

そんなのは別にどうでもいいハナシで

チャットとか特にタイピングスピードが要求されない場合においては
(笑)で別に不自由ないじゃないかとか

初対面の男の人からwww付きのメールをもらうとちょっとカチンと気に触るとか

てゆーか いまさら そんなハナシ?

なんて言われるのも承知の上であれなんですけど
この際だから自分の中で考えてみました。

考えた結果、結論はすぐにでました。

今まで、一体何に悩んでいたのか解らなくなるほどに、
私の中では答えの決まりきっていた問いでした。


私はwwwより(笑)の方がスキなのです。


なぜなら、「笑」という字は、
それ自体がまさに笑っているように見えるじゃないですか。

「笑」という字をじっくり見れば見るほど
なんだかおかしくなってきませんか。

・・・ほらね?





2013/06/20

明鏡 my Work in 「after 10 years」

明鏡 2013 


グループ展が終わりました。

台風の接近もあり、なんとも湿気の多い気怠い一週間でしたが
そんな中、足を運んでくれた方々、本当にありがとうございました。

吉祥寺なんていう、晴れてなきゃ散策の価値が7割は減るような街に、
雨の中よくおいでくださいました。

駅から徒歩6分くらいのギャラリーです、なんてちっちゃなウソついてごめんなさいね。
ホントは10分ちょっとかかるのよね。

今回の展示は美術学校卒業十周年という同窓会的なものではありましたが
それこそ作品制作から十年近く遠ざかっていた私にとっては
自分だけの世界観に、ただ自分のためだけにどっぷり浸かった
なんとも幸せな制作期間でした。

自分の快感ポイントをひたすら探し続けるというなんとも自慰的な創作過程の中で
自分が手にしたいもの、表現したいものの形が、朧げながらに見えた気がしました。

華 2013
綺麗とか汚いとか

正しいとか正しく無いとか

そういう二元論的なものを全て包み込んで支配するような圧倒的な力というものが
この世界にはあって

そういうものに少しでも触れていたいという思いが、
何をするにも、
私の動機のようなものになっているのだと
今回あらためて感じることができたように思いました。

さて

次はなにをしましょうかね。

今は 祭りのあと、みたいな
そんな気分です。


After 10 years 2013