2012/04/29

はなし


京都に行ったついでに少し脚を伸ばして、滋賀の大津までいってきました。


なぜならそこにはメヘンディ描きのちえこさんという方がいたからです。
ちえこさんは大津のアフリカ雑貨のお店でメヘンディを描いている方で、
なんか湿度の無い暑い国のカラっとした土みたいな人でした。


彼女のメヘンディもなんかカラっとしてるんですよ。
当たり前の事ですけど、創り出すものって、その人そのものなんですよね。




折角なので、ちえこさんにメヘンディを描いてもらいたいところだったのですが
諸事情有り今、身体にメヘンディができないので
愛用の無印良品のアルミの鏡にペイントをして頂きました。


綺麗でしょ?


素材はアクリルガッシュです。


初対面にも関わらず話題は尽きなくて、
メヘンディの話から始まって、世界の文様やデザインの話、そこから
「似た文様の在る国は海流が繋がっている」
「人間の起源はある意味ではアフリカではなくインドではないか」
「日本古来のデザイン力が現代の工業技術を支えている」
そして、「エスニックファッション好きって結局はコスプレと同じですよね。」
といった超おもしろい話まで、まあ とにかく色々おしゃべりさせていただきました。


「似た文様のある国は海流が繋がっている」


つまり、文様は伝来してきた、という意味合いの話を翌日、
京都四条のモロッコ料理屋で妹に話したら、こんなことを言っていました。


「あのさ、例えば言葉でも全く違う地域に同じ言葉が存在してたりするんだよね。
 それをそこからそこに言葉が伝わったんじゃないかとか、
 その地域同士に交流があったんじゃないかとか仮説をたてる人もいるんだけど、
 私はそういうのは勝手に筋を作り上げているだけで、そうとは限らないと思うんだよ。
 全く違う地域に同じ言葉が自然発生する、そう、そのまま考える方が正しいと思うんだ。」


ちなみに妹は京大の大学院の哲学科に在籍する23歳。
哲学とは言っても「いきるとはなにか」というような系統ではなく、
古代哲学の研究をやっているらしいです。
私には説明不可能な難しいことをやっているらしいので、くわしく説明はできませんが。




言葉の、文様の、自然発生?




そういえば、ちえこさんも似たような事を言ってたな。


「結局、人それぞれの好みなんて言っても、
 所詮 人間は同じものをみて綺麗だとか気持ちいいとか思うと思うし、
 同じものを見て、同じような事を感じるんだと思うんですよ。」


違う地域に、同じような文様が自然発生したとしたら、
そこには共通する、人間の何かがあるってことなんだろな。


まあ、どう考えたって、伝来したとしか思えないものもありますけどね。


私も、そういうの大好きなんですよ。


なんかもっと色々話聞きたかったなあ。


そんな感じでその夜は、
この春から京都に移り住んだ友人のもとへ。


一緒に鴨川近くのカフェで遅い晩ご飯。




ここのゴハンはカフェゴハンにありがちな味のチープさが無くて、
とても美味しかったです。
efish? だったかな?
すみません。忘れました(笑)



ちえこさんのアフリカ雑貨屋で買った、
友人におみやげのキーホルダー。

この気の抜けまくったハンドメイドっぽさに最初友人は呆れ顔でしたが
見てくださいよ、
どうみてもすごくお洒落なキーホルダーですよね?
素敵ですよね?

ちなみにこの晩はこの友人とも
ここでは書けないようなディープな話をしたのですが
いやーもう ディープすぎて恥ずかしくて書けないので
また、今度。














2012/04/28

やわらかな翠


妹と友人に会いに、京都に行ってきました。


桜の季節は終わりかけていましたが、
イヤ なんと 翠の美しいこと。


南禅寺のこの翠、いかがでしょう。






「紅葉って赤いのもいいけど、青いヤツの方が触るとやわらかくって気持ちいいよね。」
 という、妹の言葉がなぜか胸にきゅんときました。


そういえば、あんまり紅葉の葉っぱって、触った事なかったなあ。


触ってみたら、ほんとに みずみずしくてフワフワしてました。


こういう、当たり前のことを知っている人を、なんだかとても尊敬してしまいます。








つつじ?






こういうのが、すごくすきです。
四角だけの羅列なのに、すごくかっこいい。





今回の京都旅行は人に会いに行く旅でしたが、
ホントに濃くて楽しい3日間でした。

私は どこにいても何をしても、
結局 人に会うということが一番、楽しい。
すごくそれを感じた3日間でした。




その話は、また つぎに。






2012/04/23

依存



別に辛くも悲しくも無い話なんですが、
昔、付き合っていた男に車で拉致られて山中で殴られた事があります。


殴られたって言っても、お腹と頭2発ずつくらいですけど。
意外と、痛さは覚えてないんですけど、あれって怖いんですよねえ。


なぜ殴られたかというと、その男との別れ際に私に新しい男ができて、
それに開き直った私に男が逆上したという、まあ簡単な理由ではあるのですけど。


その男とは5年近く付き合っていましたが、
その間にその男は私を犬のように扱っていたんですよ。
犬って言ってもかわいがってくれてたってことじゃないですよ。
人間の扱いをされてなかったってことです。
同時に複数の女と浮気はするは、
機嫌が悪ければ真っ先に当たられ、そのくせ私を自宅に住まわせて行動を監視して、
自分が他の女と会う時以外は常に私を自分の監視下に置いておく感じですかね。
まるで首に縄でも付けているかのように犬のように私を扱っていたんですよ。
今 考えれば、DVっぽいですよね。
実際、その男と付き合ってた期間は常にストレスで身体を壊していました。
小さな手術もしましたし、常に病院のどこかしらの科にお世話になっていた気がします。
実際の暴力は数えるほどでしたが、精神的な暴力と言えなくも無い気がします。
別に、今も昔もその男を恨んではいませんけどね。
今 考えると、なんか不思議なんですよ。


まるでただひとつの取り柄のようにギリシャ彫刻のように綺麗な身体をした男でしたが、
一体なぜに私はそんな男と5年間も付き合っていたのだろうか?


別に、その男が好きで好きで別れられなかった訳じゃないと思うんですよ。
だって、自分にそんなことする男、好きでいられるわけないですよね。


今になって思う事ですけど、
多分 私は、その男に徹底的に依存していたんだと思うんです。


自分のどこかに自分では埋められない大きな隙間があって、
その隙間をその男に埋めてもらおうとしていたんでしょう。


本当は、その隙間は、男ではなく自分自身で埋めなければならないものだったのに。


埋めてもらうようになっちゃうと、
その男が自分の構成要素のようになってしまって、
その男無しでは自分という人間が一人では歩けないような気になってきちゃうんですよ。
だから、つらくても別れられなくなっちゃうんです。
依存の定義は人によって違うと思いますが、私にとってはそんな感じ。


そんな依存心に満ち満ちた私と付き合っているということは、
多分男の方も、依存を受け入れる人間でないとそんなに長くは付き合っていられないですよね。


依存の需要と供給が上手く噛み合って、
そんな関係が5年も続いてしまったのではないかと。


人との関係ってそんなもんですよね。
相互にひかれあってるんですよ。
たとえ、傷つけ合う関係だったとしても。


今になったから言える事ですけど、
「人間関係」って、決してお互いの性格だけでできあがるものじゃないと思うんです。


自分が相手を触発して、相手も自分に触発されるんだと思うんです。


自分が求めて、相手がこたえる。


相手が求めて、自分がこたえる。


それが上手くいかなくなったら、関係の継続が不可能になる。


関係を続けたかったら、自分が何を求めているのかを、相手に伝えなければならない。
相手に、応えなければならない。


だけど、ただ関係が続けばいいのではなく、
「いい関係」を築いていくためにはどうすればいいか、
「いい関係」を仮にお互いが自尊心を失わずにお互いを幸せにできる関係と考えて、
もしその「いい関係」をお互いが築けないとわかったら、
その関係を断ち切る勇気すらも持たなければならない。


「いい関係」とは何かを考えること。
そして、それが叶わなかった時に、関係を断ち切る覚悟を持つということ。


多分、それが一番 大切。
断ち切らなければ、お互いが傷つけ合うようになるから。


多分、昔の私にはそれが、できなかった。
ひとりになったら、自分で立っていられなくなると思ったから。


若さゆえですけどね。


自分のこともろくに見えていなくて、
「いい関係」が何かも想像すらできなかった。


「関係」はそこにいるふたりが、ふたりで作り上げて行くもの。
うまくいかなかったとしても、それはどちらかひとりの責任じゃないと思う。


人ひとりでは「関係」はつくれない。
「関係」を存在させるには、そこに最低限でも自分と相手が必要になる。
間違いなくその関係を作っているのは、自分でもある。


相手が暴力を振るうのは、それを受け入れる自分がいるからだ。


私のその時の依存心が、彼の良く無い部分を引き出してしまったのかもしれない。
関係を断ち切れなかった自分が、彼をそんな形にしてまで繋ぎ止めてしまったのかもしれない。




真夜中に車に引きずり込まれて、殴られて、


意外と殴られる事自体は痛くはないんだけど、
殴られる瞬間までがすごく怖いんだなあ、とそんなことを考えてたんですよ。


彼の怒りが収まるまでじっとしていようと思っていたのですが
彼に携帯電話を奪われそうになったので、
携帯には新しい男の連絡先も入っていたし、
さすがに黙ってじっともしていられなくなって、
勢いで携帯電話をぶっ壊したんですよ。自分で、まっぷたつに折ったんです。


まっぷたつになった携帯電話を思い切り投げつけたら、
意外にも男が目が覚めたように冷静になって、
気がついたらそこでその男との関係は終わっていました。




ああ なんだ 




そういうことか




もっと早く、




「いや」って言ってあげれば良かった。




いい関係を築く力が自分に無いのなら
せめて、早く 断ち切ってあげればよかった。




そうしたなら、彼もこんなに傷つかずにすんだかもしれないのに。




いまだからこそ思うこと。




もしかしたら彼も、私の依存心の餌食になって辛かったんじゃないかな。


だからって勿論 どちらが悪いとも思わないし、


後悔も、してないけどね。











2012/04/20


最近、SM愛好者たちのサロンに遊びに行かせて頂くようになりました。
都内某所、高層マンションの一室で毎週ひっそり開かれるSMサロン。

もともとSでもMでもない私ですが、
興味は昔からあったので意外とこれがまた楽しいんですよ。

最初はあまり興味がなかった縄での縛りも、最近はなんかおもしろいんです。

サロンで使われるのは、緊縛用の赤いロープ。

意外と拘束されるのって楽というか、安らかな気分になるもんなんですよ。
まあ、あくまで私の場合はですけどね。
拘束されてる間は、もう自分で何もしようとしなくていいじゃないですか。
だってなにもできないし。
相手に全て委ねるしかないわけですよね。
それって、意外と気持ちが穏やかでいいもんだなあ、と
十年前に初めて手錠で拘束された時に思ったんですよ。


「Sさんて、すごくサクッと簡潔に女の人を縛るよね。
 逆にすごくねちねちとしつこく縄を絡めて縛る人もいるじゃないですか。
 ホントに人によって縛り方も違うんもんなんですねえ。」


そのSMサロンの主催者の加賀さんは元SM雑誌の編集者の63歳。
その加賀さんとお客さんたちが帰ったあと、こんな話をしました。

この加賀さんの縛り方って、拘束されてるのにおかしな話なんですけど全然苦しくないんですよ。
拘束感はあるんですけどね、過度な負担がかからないというか、
きっちり拘束されてるわりには身体は痛くならないんです。
縛るのにも必要以上に余分な時間はかけず、そして縄を解くのもサクッと解く。
縄を解くのって、意外と時間がかかるものなんですよ。
だけど、加賀さんの場合はここさえ解けば残りも解ける、
という一カ所を起点にして縛っているらしく、縄を解くのもさらりと楽なもんです。

「俺の場合はな、縛りそのものがどうっていうのもあるけど、
 縛ったあとに女をどう責めようか、どう遊ぼうか、そっちの方を目的に考えてるから、
 縛り自体はああいう形になるんだよ。」

既に吸い殻でいっぱいの灰皿に更に煙草を押し潰して、加賀さんが言いました。

ああ〜。そうか。

縄で縛るってことが最終的な目的じゃないってことかな。
縄は目的に至るひとつの手段だから、それによって余計な不都合が生じないように
ああいう拘束感が有りつつも簡潔な縛り方を追求してきたってことなんですかね。

「逆に、今日、お前、トモに縛られたろ。
 あいつは縄フェチだからな、俺とはまた違うんだよ。」

「ああ、私、今日すごくそれがよくわかったんですよ。
 トモさんって、縛り方がすごくネチネチしてるよね。
 トモさん自身が縄と戯れてるような感じっていうか、妙な感じでしたよ。」

トモさんはそのサロンに関わっているおそらく50歳前後の長身のいかにも男前な男性ですが、

まあ それはもうねちねちと縄と戯れる方なんですよ。

女の身体に縄を沿わせることがとにかく楽しいんでしょうね。
執拗な縛り方をするんです。
加賀さんのようにあらかじめ自ら設定した完成形に向かってサクッと縛り上げる形というよりも、
その縛る過程を味わっているというか、
味わっているゆえにか、
手の沿わせ方とか立ち位置とかそういうのもなんか独特のイヤラシさがあるんです。
同じような縛られフェチの女の子だったら堪んないでしょうね。

「トモさんって、たまに喋りながら自分の手とか何重にも縛ったりしてるしね。
 ホントに縄フェチって感じがする・・。」

「・・あいつはな〜。なんか最近、首に絡ませて縛るのに凝ってるだろ。
 あれを端で見てると、ヒヤヒヤするんだよ。
 首でもな、もう少し余裕持たせて縛るならまだいいんだけど、
 あきらかに鎖骨の上まで縄入れて腕あげさせたりするだろ、あれ、下手したら本当に危ないんだよ。
 女の子の方は軽く首絞められて気持ちよくなっちゃってるから気が付かないだろうけど
 うっかり変なとこに入ったらと思うと気が抜けなくて見ててもすごく疲れるんだよ。」


ああ

なるほど・・・


加賀さん、主催者ですからね。
問題も起こしたく無いだろうし、そりゃそういうことは気になるよね。


たしかに、あんな風に縄に陶酔してたらそんな事故も起こらなくも無いのかもね。
私だって、以前普通に縛られてただけなのに、
縄を解いた途端に全身にぶわーと寒気がして、びっくりした事があるんですよ。
ああ、意外と血行が阻害されてるものなんだな、と。
本人も気づかない程度に、意外と身体には負担がくるもんなんだな、と。

縄を解く、といえば

トモさんに縛られた時に、彼がこんなことを言っていました。


「俺、縛るのよりも解くのが、好きなんだよね。」


なんでですか?
と私が聞いたら、彼はにやりと笑って


「エロいから。」


と 答えました。



・・・てゆーか


・・・えろいのはお前だよ・・・。


と 思いながら、嬉々として縄を解くトモさんを眺めながら
Sや緊縛と一言では言っても、色んなSや縛りがあるんだなあと

そりゃみんな人間なんだから色々あって当たり前なんですけどね。

結局はその向かい合ったひとりの人間と、遊んでるってことなんだよな。





2012/04/13

梅おにぎり


おにぎりでは梅おにぎりが好きです。


国分寺駅南口付近にはファミリーマートしかないので、
梅おにぎりが食べたくなった時には西国分寺駅で電車を降りて
セブンイレブンで梅おにぎりを買います。


だってファミリーマートのおにぎり、あんまり美味しく無いんだもん。


自分でつくればいいんでしょうけど、なぜかおにぎりって自分で作っても美味しく無いんですよね。
母に作ってもらうのが一番美味しい気がするのですが、
出勤中に不意に食べたくなる事が多いので結局コンビニで買う事が多いです。


私にとっては食事っていうより、おやつの感じです。
おにぎりではほぼ梅おにぎりしか買わないのですが、あえて他のものも買うとしたら、明太子ですかね。
鮭やタラコには全く興味がありません。
シーチキンおにぎりは日本の誇るべき開発商品だと思いますが、私はあまり味的に好きではないなあ。
セブンイレブンの不意に登場するスジコは結構好きです。
ファミリーマートの、今はまだ存在するのか知りませんがダシ巻きおにぎりも美味しいですよね。




昨日、西国分寺のセブンイレブンでいつものように梅おにぎりを買おうとしたら、
ひとつ下の段に、見慣れないパッケージのおにぎりが。






紀州南高梅種抜き一粒梅。115円。(海苔無し)






・・・!!!




一粒梅!!




久しぶりに見ました、一粒梅。




最近、コンビニでは全然ないですよね。


十年くらい前までは結構あった気がするんですが、
最近のコンビニ梅おにぎりときたら、全部梅ペーストですよ。
正直、辟易してたんですよ。
だって、梅ペーストって、時間がたつと水分がゴハンに吸収されてかさかさになっちゃうし。


まあペーストにしちゃった方が梅の質も問わないし、
二個分の梅で2、5個分のおにぎりが作れちゃったりするわけでしょ。知らないけどさ。
結局コストの問題なんですかね?
でもさ、今 梅おにぎりってどこでも大体110円前後な気がするんですが、
私、130円くらいまでなら一粒梅おにぎり、喜んで買いますけどね。


それとも他の130円前後のタラコとか明太子との価格のバランスを考えてのことなんですかね?


梅おにぎりで価格を上げると売れないと思われているのでしょうか?


そんなことないよ!!


おにぎりの主役はやっぱり梅おにぎりだよ!


しかし今回、セブンイレブンが一粒梅おにぎりを出したって事は、
やはりそれだけ普段から梅おにぎりに需要があるってことですよね。
まあちょっとだけ言わせてもらえば梅の調味はもう少し控えめがいいなと思うけど、
海苔無しなんで、意外とあんな甘い梅でもちょうどよく美味しかったです。


コンビニの梅ペーストおにぎりに辟易していた数年前、
職場の近くのお弁当屋さんで「おにぎり握ります」とメニューにあったので、
やったーと思って梅おにぎりを握ってもらって、うきうきしながら職場に持ち帰って食べたところ、
中からカリカリ梅が出てきて本当にショックだったことがありました。


あれはさすがに腹がたちましたねえ。


単純に予想外のものが出てきた驚きもあったのですが、
なんか「梅おにぎり」というものが軽視されてる気がしてショックだったんですよ・・・。


ああー


まあ、梅って言えば梅だけどさー


それにしてもカリカリ梅は反則ですよね?











2012/04/10

春だから



春だから?

なんかウチの犬(雄)が興奮しちゃって困ってます。
私の母親の脚には我を失って絡み付いて腰振りに行くんですけどね。
なぜか私の脚には絡んできません。
視線はやたら絡ませてくるんですけどね。なぜ視線だけ?

まあ、私にとっては犬にしがみつかれて腰を振られるくらいのこと、
この麗らかな春の青空に白いシーツを広げ、干すくらいに爽やかなことなんですけどね。
春っていいなあ。

春になると、毎年の事ですけど意味も無く楽しくなりますよね。
気分が高揚して、軽い躁状態になって
私の場合は夜、眠れなくなっちゃったりするんです。
でも、脳内に興奮物質が分泌され続けてるから、寝なくても疲れないんですよ。
こんなとこで書く話じゃないですけど、
このあいだ急に婦人科系に変調をきたして病院に受診したもののとりたてて何も問題が無く、
おそらく春の到来がホルモンバランスに影響してしまったのではないかと、勝手に自ら診断を下しました。
血が余っちゃってるんですよ。身体が過活動なんです。
人間も所詮 自然とともに生きる動物なんだなあ。

爽やかで華やかな色合いの服だのスカーフだのバッグだのが店頭に並んで、
気がつくと大量に買い物しちゃってるのも春ならでは、ですよね。
てゆーか 私だけ?
春って、何でもかんでも欲しくなっちゃうんですよ。
色んな事に可能性を感じちゃうんです。
今まで興味が無かったものまで、いいなと思っちゃうんですよ。

春だからってわけじゃないですけど、

先日、友人相手にエロ話をしていたら、その友人に
「実は、以前から真剣に『マエダさんとエロ話をする集まり』がやりたいんですよ。」
と、嬉しくて泣けてしまいそうなことを言われました。

早く 言ってよ!!

いつでも喜んでやるのに・・・。

そんなありがたいことを言って頂いたお礼に、
春ということで、カブトムシの交尾がどれほどエロティックかという事を私なりに語ってあげたところ、

「あ、てゆーかマエダさん、アンコウの交尾って知ってます? すごいんですよ。」

と、思いもよらずマニアックな情報を友人から頂いてしまいました。

いや、まだアンコウは見ていないんですけどね。

たぶん、すごく、春っぽいんでしょうね。






2012/04/05

写真



嵐の翌日、美術学校時代の友人とカメラ片手に横浜で散歩をしてきました。


友人はかなり本格的に写真を撮る人なんですが、
その日は彼女の傍らで私も好き勝手に写真を撮らせて頂きました。




私は男に媚びても女友達に媚びるつもりは毛頭ないのでお世辞は滅多に言いませんが、
彼女はそんなお世辞抜きでも美人でスタイルも良くて被写体にはもってこいなんですよ。
それにも関わらず「かわいい」とか「ナチュラル」とか「爽やか」なイメージとはほど遠いんですよねえ・・・。
外見は儚げに見えて、実は押し付けがましく無いけど強い芯ががっちりある、みたいな。
なんか不思議でした。ゆえに こんな奇妙な写真をアップさせて頂きました。
なんか、この犯され感がマエダ的に気に入りました。
でもなんとなく彼女に申し訳ない気もする(笑)なぜだろう。









彼女の写真や絵の作品はいつも徹底的に彼女の色で形づくられていて、
その執拗に徹底した感じがなんかすごいなあとずっと思ってたんですよ。
建築物でも花でも人でも、彼女が撮ると全部彼女の世界の住人になっちゃう感じ。
「自分の世界感」ってよく言うけど、それって実はすごく難しくて、
自分の世界感を持ってる人ほど隙とか粗を見せちゃ駄目な気がするんです。
自分の好きな世界でただ浸って遊ぶのと、自分の世界を作り上げることは、多分、違う。
自分の世界を持てるのは、自分に正直で、自分に厳しい人。
彼女は結構ストイックなのかな。




西日がまぶしいのに上見て
なに撮ってんの?って思ったら




桜 でした。



昨日の嵐によく堪えたねえ。
あ、そしてこれが彼女が撮った私の写真!!
ね?いいでしょ。


ホントはプロフィール写真にしようかと思ってたけど
なんかもったいなくなってきちゃったから、
なんか重要な時に使う事にしよう。
何の時かよくわかんないけど。

と、思ったけどやっぱり折角だからプロフィール写真にも登録しました。

ちさとさん、ありがとう。
自分の綺麗な写真があるっていうのは、うれしいもんだね。




2012/04/01

ちから


一年前にカナダに旅立った友人、サトコちゃんが一時帰国しました。


ありがたいことにマエダのサロンに遊びにきてくれた彼女。
なんだか一年前より顔つきもすっきりシャープになって、
なにやら気持ちいいくらい健康に、なんというかさっぱりした印象を受けました。




「最初は一年くらいカナダで働いたら、もう気が済んで日本に帰りたくなるかと思ってたんですよ。
 だけど、カナダが思ってた以上にいいとこで、もうちょっと居たくなっちゃったんです。」




彼女はカナダで指圧師としてマッサージの仕事をしていたそうで、
今までの一年はワーキングホリデーのビザでカナダに滞在していました。




「もうちょっと居たいって言ってもさ、サトちゃんビザは?」


「えっと、今年から語学学校にも通おうかと思ってて。そしたら、なんかビザも取れちゃったんですよね。
 しかも、2年も! あはは!なんでかよくわかんないんですけどね。
 友達にも、普通、2年なんてなかなか取れないよってビックリされちゃいました。」


「あ〜〜。サトちゃんてさ、なんかそういうのよくあるよね。
 運がいいっていうかなんて言うか・・・。」


「そうなんですよね〜〜。やりたい!って思ってる事は、なぜかみんなすごくうまくいくんですよ。


「そういえばさ、サトちゃん、カナダではマッサージの仕事をしてるんでしょ。
 お客さんはそれなりにくるの?」


「・・・それが!! きーてくださいよナツコさん!!
 今 カナダ、空前の指圧ブームがきちゃって、去年一年は結構繁盛だったんです!!
 一昨年まではあんまりだったらしいんですけどね、私、運がいいです。
 しっかり稼いでます。」


「・・・さすが、サトちゃんだね。やっぱりあんた、すごいよ。」




いや、ホントにこのサトコちゃんはすごいんですよ。


なんてゆーか、いつも、追い風といい波にしか乗らずに人生を駆け抜けている感じの女なんです。


多分、彼女自身が無意識にいい波を探してるんでしょうけどね。
その波に乗ったとたんにいつも間違いなく追い風が吹くような、そんな女なんですよ。


多分、そんな彼女の波乗りっぷりは、
彼女の人並みはずれたプラス思考があるからこそだと思うんです。
なんでも前向きにしか考えられない感じなんですよね。
前しか見えないから、前にしか走れない、みたいなね。
自分が楽しくなって、しあわせになる道しかみえないから、
そっちに突っ走ってるだけなんです!みたいなね。


まあ、もしかしたら周りにはそう見えてるだけで、
実際は色々矛盾に悩んだり落ち込んだり、
わたし、これでいいのかなあ?みたいな感じにもなってるのかもしれないですけどね。
でも、周りにそう見えないってだけでも、ものすごいパワーだと思うんですよ。


実際このパワーには私もかなりあやかっていて、
いや もう、この際だから言いますけど本当に感謝してるんですよ。


私がなにか新しい事を始めようとするときに、彼女はいつも独特のハイテンションで、


「ナツコさん!!それおもしろそう!!すげーおもしろそう!!」


って、ノッてきてくれるんですよ。


いやホントに気持ちいいくらいノッてきてくれるんですよね。


別に、相談にのってくれるわけでも、見守ってくれるわけでも、助言してくれるわけでもないんですけどね。
ただ、楽しそうにマエダと同じテンションで、
マエダがやろうとしていることを一緒に楽しんでやってくれるんですよ。
それがどれだけ私にとって心強かったか。


なにか新しい事を始めようとするとき、どんなに自分に自信があっても、
やっぱり一人は心細いと思うんです。
別に何をしてくれるわけじゃなくても、誰かが一緒に自分と楽しんでくれるっていうのは、心強いんですよ。
ああ、これでいいんだ、って思えるんですよね。
それが、私にとって何ものにも代え難い、追い風になったことがあったんです。


私も誰かにとってそうありたいと思うくらいに、私に取っては有り難いことだったんです。


まあ、彼女は多分自分が楽しくてやってただけだと思うんで、
マエダのために、とかは一切考えてなかったと思うんですけどね。
それが、またなんかいいんですよね。彼女らしくて。




そんな彼女は以前マエダと同じ国分寺のタイマッサージ屋で働いていたことがあったのですが、
そんなときにこんなことがありました。


彼女が、セラピスト仲間と休憩室でお茶を飲みながらipodでなにか音楽を聴いていたんです。
私が施術を終え休憩室に入るや否や、彼女はipodのイヤフォンを私に差し出しました。


「ナツコさん!! これ!!この曲、今、Yちゃんに、これスゴくいい曲だから聴いてみて!って勧められたから聴いてみたんだけど、これ、ヤバいですよ。ホントにすげーいいから聴いてみて!!」


差し出されたイヤフォン。


彼女は感動した時特有のハイテンションで、なにやらやけに興奮した様子。
余程、そのYちゃんに勧められて聴いた曲が良かったのでしょう。
自分が感動したものは、とにかくイイ!!と人に勧めるのがサトコちゃん流です。
そういうときの彼女の顔はなにか確信に満ちていて、
勧められた側の私でさえも、まだ聴かぬその音色の美しさを確信として感じてしまうほど。


その曲を勧めたYちゃんとは色んな趣味の共通点がある事もあり、
マエダはちょっと期待しながら差し出されたイヤフォンを耳に。




聴こえてきたのは、まるで三味線のように鋭く空間を切る、ラテンギターの音。






・・・






ロドリゴ Y ガブリエラの「11:11」の1曲目、Hanuman でした。




・・・これ、知ってる。




てゆーか、このCD、私も大好きで、
2週間前に私、サトコちゃんに「これいいよ!」って聴かせましたけど・・・。


「これ、やばい!!ちょーいい!!」って、その時、サトコちゃん言ってましたけど?






「・・・え!!??・・・そうだっけ!?ええ?? ホントに??アハハ・・・。」






こいつ、実はただのお調子モンでした。




そんなところもひっくるめて、希少な愛すべき、感謝すべき友人のサトコちゃんです。




いや、ホントにね。
これからもよろしくね。