2015/11/24




他人のセックスをナマで鑑賞していると、感慨深いものがある。


男友達の樹さんが、自分と彼女とのセックスをビデオで撮影してほしいと、
私に声をかけてきた。

「撮影だけでいいんだよね?」

「うん、もちろん。とてもじゃないけど、三人で仲良く3pとかは彼女が無理だから。
彼女はセックスレスのご主人と二人の子供を持つ主婦歴15年の40歳で、
2年前に僕と付き合いだす前までは子づくり以外のセックスをほとんどしてこなかったような保守的な女性でね、なんていうかうまく波長と身体が合って、この二年間は二人でできる範囲で、いろいろ楽しんだんだ。
で、今回、初めて、第三者をいれて楽しんでみようかな、と、僕が勝手に計画を立ててみたんだけどね。」

「勝手に、って言っても、事前にちゃんと彼女には話すんだよね?
 今日は僕たちのセックスを第三者が撮影します、って。」

もちろん、だけど当日の、ホテルに入る直前にね。
と樹さんが楽しそうに言ったので、私もなんだか楽しくなって引き受けることにした。


自分の恋人や配偶者とのセックスに第三者を介入させて楽しむ人たちは、意外と多い。
カップル同士で相手を入れ替えてセックスを楽しむ人もいれば、今回のように自分たちのカップルに男か女を一人、加えて楽しむ人もいる。
どちらにしても大概の場合、馴れ合って今ではもう親密すぎるパートナーとの関係性に、第三者という刺激を加えて楽しむことが目的だ。

結局セックスは、『他人』とではないとできないってことなんだろうな。


*****


ホテルのロビーでまず樹さんと彼女と顔をあわせ、
部屋に招かれビデオカメラを渡された。

部屋に入っても、緊張が極まった彼女はなかなか私と眼を合わせてくれなかった。

だけど、私による撮影を了解はしてくれた。

「彼のことを信じているから」と、彼女が言ったので、彼の旺盛で複雑すぎる女関係を知っていた私は内心、大丈夫かこの人は、と心配になったがそれは私の知るところではないと思いなおした。

「この撮った映像は、誰が見るの。樹さんだけ?それとも二人でみるの?」

「僕だけ。彼女は恥ずかしがって絶対に、見ない。」

そうかじゃあ、樹さんじゃなくて彼女の表情とかをメインに撮ればいいんだなと了解して、
カメラの録画ボタンを押した。


彼女の喘ぎ声がかなり大きく絶対廊下にまで響いてるに違いないこと以外は、セックス自体は至って普通だったので、というか型で押したようにスタンダードだったので特に見ていて新鮮なことはなかったけども、私はそれより樹さんの思惑が気になった。

私はその時より以前に、樹さんと数回ヤッたことがあった。

いまここで彼の下に敷かれあんあん喘いでいる彼女は、
果たしてそれを知っているのだろうか?

もし聞かされて知っているのであれば、今 彼女は彼に対する屈辱感と私への嫉妬心を肥やしに興奮しているのかもしれない。
もし知らなければ、単純に、本来は秘め事であるはずのセックスを他人に眺められているという非日常感と背徳心に酔っているのだろう。

本来、自分と相手すらいれば事足りるセックスに他人を加える理由なんて、
結局はそのどちらかだ。
 
ただどちらにしても、彼女が、というよりは彼女をそうさせたい樹さんのシナリオでしかないわけだけど。


人間っていうのは、なんて面倒なセックスをするのかと思う。


屈辱感や嫉妬心で自己愛を燃やして、
背徳感で社会性や人間性から一時だけ自由になって、
そんな刺激をもセックスの材料にして興奮している。


身体が本来備えてる性欲の量だけではもの足らず、
頭のどっかを刺激して興奮して、本来の肉体以上の量の欲を生み出す。

欲を満たすために、欲を生み出す。
いったい人間っていうのは、どこまでたくましく傲慢なんだろう。

屈辱感も嫉妬心も背徳感も、羞恥心ですらも、本当は自分自身が作り出したものでしかないはずなのに、
それをあえてハードルや埒(らち)に見立てて、飛び越えたり眺めたり、
時にはあえて飛び越えなかったりして楽しんでいる。


倫理や道徳に背くわたし。

ないがしろにされる、
こんなにも愛しいわたし。


本当はこんなに自由なわたし。

羞恥心に耐えられるのは、
それだけ彼を愛しているから。


こんなにも屈辱を感じるのは、
それだけ私が、私自身を愛しているから。




ねえ、

その女とわたしとどっちが綺麗なの。

ねえお願い、もっとわたしをみて。


わたしを。



あえて埒(らち)に捕らわれることで、埒を飛び越える快感を知る。

あえて埒を越えず眺めることで、自分の無力さといとおしさを噛みしめる。

埒という自分で作った限界が、欲を生み、私自身を欲情させる。



「・・・ホント、人間のセックスってめんどくせえな。」


と、この翌日、友人のひとりにぼやいたら、

「あ~、わかるわかる!だからわたしさ、動物の交尾とか見るの大好きだもん!
 見てると安心するんだよね~。」

と返ってきた。

「え!うそ私もなんだけど!私も動物の交尾ってすき。
清々しくていいよね、単純明快で。
なんかさ、人間同士のセックスみてると、複雑すぎてめんどくさくなってくるんだよ。
相手を支配しているだとか、辱めているだとか、道徳的であるだとか、ないだとか、ある人々にとってはそんなものがセックスの興奮材料になったりする。

なんでセックスにそんな理由やストーリーが必要なんだろう?
なんで人間は、動物みたいにただあっけらかんとセックスできないんだろうね?」

人間はいつも、自分たちが作り出してきたもので、自分たちを苦しめる。
愛や、宗教や社会性や道徳や、ヒューマニズムで自分たちを縛りつける。

縛りつけられながら、苦しみながらそれと戯れる。
まるで 縛り付けられているからこそ、生を謳歌できると言わんばかりに。


 
「そうそう、だから動物の交尾っていうのはさ、
それ以上でもそれ以下でもないって感じが、いいんだよね。」

それ以上でもそれ以下でもない動物の交尾を羨ましいと思うのは、
きっと複雑すぎる人間の交尾に私自身がついていけてないってことなんだろな。
羞恥心も倫理観もどこかで大部分捨ててきてしまった私には、
きっとそんな高尚なセックスなんてする資格はないんだろう。


樹さんと彼女のセックスもあらかた終わって、ほんの二時間足らずの間で齢55にして二回もイッたこの男はホントにすげえな、と感心しつつカメラの電源を切った。

「せっかくの他人撮影の動画だから、二人きりじゃ絶対撮れないようなアングルを多用しておいたから、なかなかによい映像になってると思うよ。」

と言って樹さんにカメラを返したら、樹さんはありがとうございました、と
礼儀正しく言って、カメラを置いてそのままバスルームに消えた。


よく、OKしましたね。」

と、その日はじめて二人きりになった彼女に声をかけたら、
さんざん見ず知らずの女の前で喘いだあとでのふっきりなのか、
意外にも彼女は清々しい顔で私に笑顔を向けてくれた。

「いえ、勿論最初は、どうしようって思ったんですけど」

40歳にしては目尻に深く皺が刻まれている感じがした。

「ですよね」

「でも、私、彼は私にとってダメなことはしないって信じてるし。」

彼女はソファに丁寧に丸めておいてあった自分の下着を取り、私の前でつけ始めたが、その下着も年の割には子供っぽく、安っぽいもののように思えた。

「うん」

「それに、今まで彼に会うまでの私って、本当に、セックスを楽しむって感覚が全くなくて、むしろめんどくさいって思ってたくらいで、本当につまんない人生歩んできたなって思ってるから、これからはもうちょっと、楽しんでいきたいんですよね。
だけど、楽しむっていっても、いままで何もしてこなかったし、何も考えてもこなかったから、どう楽しんでいいのかもわからなくて、だから、とりあえずは、彼が言うことなら、なんでもやってみようって思うんです。それで、まずは、自分が何が好きで、何が嫌いなのか、自分でわかったらいいなって思って。
いままでは、それすら、わからなかったから。」


・・・・ああ、ナルホド。

たしかに、セックスにおいて自分が何が好きで何が嫌いかを知っておくって、すごく大事だよね。
特に女の人の場合は、何も考えず男の欲望に合わせてると傷つくことも、多いから。

下着をつけ終わった彼女が「ナツコさんもいつもこんなふうにちょっとアブノーマルなことして遊ぶのが好きなんですか」と聞いてきたので、いいえ、私はふつーに好きな人と正常位でするのが一番好きです、と答えた。

実際それは本当だけど、それだけじゃずっとはやっていけないと、もちろん私もわかっている。
いわゆる愛がなきゃセックスはつまらないけど、いわゆる愛だけじゃセックスは、絶対できない。
それはとても不甲斐なく哀しいことだけどある意味少しだけ楽しくて、
だからこそ私は今日、ここにきたんだ。

樹さんがバスルームから帰ってきたのを頃合いに、私も部屋を出ることにした。

撮影係の私を含めてのふたりのセックスはおわったが、
緊張感から解き放たれた彼女は今度は二人っきりで彼に甘え、今までのセックスで感じた様々な感情を昇華させ反芻し味わいながら、もう一度セックスをしたいはずだ。
もちろん樹さんもそうだろう。


ていうか、どっちかってーとメインはそっちなんだよな。
今までのセックスが、前戯みたいなもんでな。


ただ一時の興奮を求めて、こんなにも労を惜しまない人間というのは
果たしてくだらないのか たくましのか、
それともそれを考えることすらもうすでに馬鹿馬鹿しいのか、
様々、感慨深い一日でした。