2014/06/22

椎茸

大島渚の映画で「愛のコリーダ」ってあるじゃないですか。

終始セックスシーンのエロ映画。

あの映画のなかで、すごく好きなシーンがあるんです。

女が、情事の後、自分の濡れた股間に椎茸の煮物を持っていって、
べっちょりと自分の体液をつけるんです。
で、となりに寄り添っている男の口元に「はい、食べて」って、
その自分の分泌物にまみれた椎茸を持っていくんですよね。
で、男はそれをフツーに食べるんですよ。
女はそんな男を見て喜ぶんです。
そして男は、喜んだ女を愛おしげに見ていうんです。
「俺はお前が喜ぶことならなんだってしてやるよ。」って。

・・・まあ、こうやって描くと単なる痴話というか
かってにやってろよ的な第三者からみたらなんとも馬鹿馬鹿しい話ではあるんですが
私、このシーンを見たときなんかすごく感動したんですよね。

だって、考えてもみてくださいよ。

椎茸に自分の股間の分泌物をまとわりつかせ、
それを愛する男に食わせる馬鹿馬鹿しさ。

そして、それを食い、お互いに喜び合うくだらなさ。

・・・・まじでくだらないですよね。

なんてゆーか、そのくだらなさが羨ましいっていうか。
そんな女のくだらないワガママを、
「そんなことやってなんか意味あんの?」とか言わずに
受け入れる男の翻弄されっぷりもまた愛らしい。


まあ だから、


数年前の自分の誕生日に私もやってみたわけですよ。

男が買って来たバースデーケーキに自分の体液をつけて、ねえ食べてって。


「・・・。」


まあ、無言で拒否られるのは想定内でしたけどね。

おそらくその時の男の頭の中にあったのは
「そんなことしてなんか意味あるわけ?ないでしょ?」ってことだと思うんですが
まあたしかに深い意味はないんですけど


だって女のワガママなんて所詮そんなくだらないもんじゃん?

こんなにもくだらない、

お金も時間も費やさない可愛いワガママを素直にきいてくれないなんて
この男も非効率的だよね。


基本、恋愛において私は、自分がこれぞと思った男に
自分が愛されているという感じを楽しむのが醍醐味であると感じているので
そういう自分の自己愛を満たす馬鹿馬鹿しいワガママをきいてもらえるかどうかは非常に重要なわけです。
そのワガママが馬鹿馬鹿しければ馬鹿馬鹿しいほどきいてもらえた時の喜びは大きくなります。
が、馬鹿馬鹿しければ馬鹿馬鹿しいほど男が「そんな無意味な」と
拒否したくなるのも承知の上ではありますが。

大体、好き合って睦みあって二人だけの世界に入り込めば入り込むほど
当人同士は大真面目でも端からみたらそれは滑稽でもあるわけで、

本質的に恋愛は女の体液にまみれた椎茸とおなじくらい滑稽なわけよ。

そう思えば、ふたり睦みあいながら、
事の正しさやつじつまや顛末について考える必要なんて無いってわかるでしょう。


だから椎茸くらい食いなよ。

とまでは当時さすがの私も言いませんでしたが、
そのとき結局、男は不本意ながらも食べてましたよね。
体液付きのバースデーケーキを。
「まったくしょうがねえなあ」ってかんじでね。

まったくしょうがねえなあ

・・・っていいながらもどこかでそんな女のワガママを許容する自分を
憎からず思っている男ならそんな椎茸ごっこもふたりの関係にとってはプラスになりますが
もし本当にイヤだけど我慢して渋々、女のワガママに付き合ってやってる男なら、
そのうちワガママの回を重ねたら我慢の限界がきてきっと振られますよね。

まあそこらへんが、加減がちょっとむずかしく
だけどうまくいくと女心をちょっとくすぐる椎茸ごっこであります。

私だけかもしれませんけど。

ちなみに今日は私の34回目の誕生日でしたが、
本当にいろんな友人たちにおめでとうの言葉を頂きました。

本当にありがとう。

最近よく「ブログ好きです」「読んでます」と言って頂けるので
お礼にひとつエロ話でもと思いましたが
図らずともエロではなくちょっとしたバカ話になってしまいました。

やはり椎茸は滑稽なのです。