2017/01/03

宙から見たら




「昔、女の子とヤッたことがあるんだけどね。」

と友人のヨーコちゃんにそんな話をした。

「おお!それは素敵だね。どんな子だったの?私も常々一度くらい女の子としてみたいって思ってるんだけどね。なかなか機会に恵まれなくてね。」

何だか知らんが私はヨーコちゃんとはそんな話ばかりしている。
LGBTではないものの自分のセクシャリティに違和感があるというヨーコちゃんとは、興味の向く話題が近いせいもあって、なんというかいろいろ話しやすいんだ。


「私はほら、生粋のレズビアンじゃないからさ、やっぱり相手も本当のレズビアンじゃダメなんだよね。私はいいんだけどね、相手が私を選ばないの。ビアンじゃないけど興味本位でやりたがってるストレートの子くらいが、ちょうどいいんだよ。その時の子も、そういう子だったんだけど。」

その子は当時23歳の、チカという女の子だった。

「チカもそうだったんだと思うんだけど、なんでその子とセックスしたかって言われても実は答に困るんだよね。数年に一回かそこら、私はなんでか女の子が恋しくなる時期があってさ、その時にちょうど出会っちゃったというか、そういう感じなんだけど。」

チカとはじめて二人だけで食事をしたとき、
彼女は向かいの席で、真黒な大きな眼でまっすぐに私を見つめてこう言った。

「ねえ、いま、私のこと、いいなって思ったでしょ。」

そういってチカは満足げに笑った。
チカは一般的にいう、いかにも男の人が好みそうなタイプの可愛い女だったので私はもちろん、いいなと思っていたけども、その彼女の言葉は少し、私の癇に障った。
女の嫌な部分を垣間見た気がしたのは、私にも昔、チカのような少しそういう高慢な部分があったからかもしれない。


食事のあと、
テーブル越しだとわからなかったけれども、近づくとチカの胸元からは女特有の乳くさい匂いがした。

おそらく当時の自分も持っていたであろう匂いなのに強烈に違和感を感じたのは、私が普段男の体臭に親しみすぎていたからだろうか。

興奮してくると、女が干し草のような、日向くさい匂いを発することも初めて知った。

「正直な話、私はレズビアンじゃないから、女の子とそういうことをしていても、性的に興奮はしないんだよね。だけどセックスの相手としての女の子の身体が目の前にあるってことはすごく新鮮だし、楽しいし、そういう意味では興奮するんだよ。自分が指を突っ込んでる部分が、自分以外の女の局部だっていうのは、やっぱりすごく新鮮なんだよ。ほら、ちょっと次元はちがうけどさ、自分がいつも生きて暮らして接しているこの地球っていう球体も、普段は何とも思わないけど、宇宙に出て宙から見たら絶対新鮮で感動するでしょ。見る角度がかわるっていうのはさ、そういうなかなかに感動的な局面もあったりするわけよ。」


見慣れているような、そうでもないような、自分の指を突っ込んだ肉の狭間を見て思う。

これは、誰の身体なのだろうか。
自分でないことはわかっている。
だけどこれは、自分でもある。

結局、私たちの身体には同じようなものがついていて
その使い道もおんなじで

貴方が何をしたいのかも大体わかる。
どういうつもりなのかも察しが付く。

だって身体が同じっていうことは、生きる目的が同じってこと。

だいたいわかる。
誘っているようで、試してる。
どうやったら私が掌で転がるか
どうやったら自分の自己愛とプライドを満たせるか
楽しそうに試している。

こういう声を出せば、断れないと知っている。
した手を装いながら、支配することを狙ってる。
相手がそれを望んでいるとわかっているから。


ほら、
同じ身体を持ってるってことは、それだけ同じようなことを知っているってこと。
同じようなことを、求めてるってこと。

同じ女である以上、本来、身体に組み込まれている生きる目的に、
そんな大差なんてないじゃない。



興奮してせり出してきた女の性器を見て、まるでイソギンチャクやウツボのような海の生物みたいだと思った。咥えられた指が、飲み込まれていく生餌のように見えた。

不思議なことに、私はそのチカを眺めている時、まるで幽体離脱をして自分を外から眺めているような、奇妙で清々しい気分だった。

どこか曖昧だった自分自身に対する認識が固まっていくようなそんな気分だった。
「ほら、お前もこういう、女っていう生き物なんだよ」と誰かがはっきり言いきってくれたようで、なんというか不思議と、納得した。



「なにをもって、女を女と言うんだろうと思うんだよね。ヨーコちゃんは、それは例えば文化や刷り込まれてきた社会的な価値観とかのせいが大きいと言ったりもするけれど、私はあまりそうは思わないんだ。もちろん世の中には男と女の二つの性に分類できないタイプの人たちもいて、そういう人たちに対して男だの女だのの二元論的な話を押し付けるのは全く間違っていると思うのだけど、それはまた別の話でね。仮に基本の性が男と女だとして、その変化形や異形や進化系がLGBTだとした場合の、女の話になるんだけどね、女は個体差はあれ同じ女の身体をしているから女であって、そういう同じ身体っていうのは、結局は同じ目的を持っているんだって思うんだよね。もちろん個人差や程度の差はあるけれど、同じ目的を有する身体を持っているってことはさ、その目的に対してのいろんな情報の求め方や選別の仕方、ものの見方、感じ方、捉え方、発信の仕方も自ずと似て然るべきだと思うんだ。勿論、結果はそれぞれだけど。精神は肉体の一部だから、そういう女の肉体を持っているってことは、物事の求め方や感じ方も女特有のものになっていくわけで。勿論、文化や社会的なものもあるだろうけど、人の精神って、そういう肉体に支配されてる部分が大きいんじゃないかと思うんだ。」

私は私として生きているようで、
だけど実は女としての肉体に支配されて、私自身が決められることなんて実はそんなに多くないのかもしれない。


自分で決めているようで、ほとんどのことを決めているのはきっと女である私の身体なんだ。

 ヨーコちゃんのような、セクシャルマイノリティの人たちが持つ肉体が何を思うか、それはまた別の話だ。
だけど、まったく見当違いな話でもないように思う。
例えばLGBTの人たちの方がもっと肉体の声は複雑なのではないかと、私は思う。
だからこそ、悩んだり苦しんだりすることも多いのかもしれない。

それはまあ、私の想像でしかないのだけれど。

私には私のことしかわからない。
私はいわゆるふつーの女だから、いわゆるふつーの女のことしかわからない。
だけど、そんな私だって、自分の身体に対する認識は意外と曖昧なんだ。
自分と同じようなふつーの女を触ってみて初めて、自分の身体に納得したのと同じように。




「そのチカちゃんとは、その後はどうしたの?」

すこしだけ久しぶりに会ったヨーコちゃんは、以前よりもすこし健康的に見えた。
きっと大好きな彼氏といいセックスしてんだろうな。
ヨーコちゃんは自分のことを、セクシャリティに違和感があるがLGBTではない、と考えているようだが、例えばLGBTのようなセクシャルマイノリティを単なる精神機能を含む肉体の機能的な個性だけではなく、文化や家庭や社会的な外的要因からのものも含むのであるとすれば、その幅はもっと大幅に増すのではないのかと思う。

ヨーコちゃんがそのどこに属すのかはわからないが、それがどこであれ、ヨーコちゃんの身体が有する目的というものもあるのだと思う。それが例えば、とても複雑で矛盾を孕むものであったとしても。


「いや、その後も何回かは会って、演劇鑑賞とか好きな子だったから色々観に行ったりふつーにご飯食べたり、何度かヤッたりもしたけどね、だけど結局さ、癇に障るんだよ。私も女だからさ、その子の手練手管がわかるわけ。ヤッパリそのへんは、ふたりともノンケなんだよね。甘えるふりして優位に立とうとしてんな、とか挑発するようなこと言って私からこういう言葉を引き出したいんだな、とか、あ、こいつ、いま、感じてるふりしたな、とかね。笑 私も女だからさ、その辺はなんとなくわかるんだよ。そういうのは男相手にやれよ・・・なんて思ったね。」

気がある男に対しての女の媚のしぐさを、同性である女が疎ましく思うのと、もしかしたら似たようなものかもしれないね。女の下心にあるしたたかさを、感じ取ってしまうから不快なんだ。


偶然にもそんな話をした数日後、数年ぶりにチカからメールが来た。
実は一年前から、結婚して私の仕事場の近くに住んでいるのだという。


メールをやり取りし、ちょうどお互いの予定が折り合わないことを理由に再会は見送った。

数年間、音信不通だったくせに、自分の都合がいい時にだけかまって欲しがる性格は以前のままだ。
自分勝手な、めんどくせえ女だな。

とは思うけど、きっと顔が可愛いから会ったらまた、いいな、とか思っちゃうんだろうな。

だけど、以前はチカのそういうめんどくさい部分を女として魅力的だと感じていたりもしたけど、なんだか今ではそうも思わなくなってしまった。

いろんな意味で、私も大人になったってことなんだろうな。

つーか単に、年取ったってことなのかもしれないけれど。
(来年は年女です。)