2014/09/03

身勝手


友人、碧ちゃんができた子供を堕胎したと言った。

まあ、そういう話は陽気に話す話でもないけれど、
じめっと暗く話しても仕方ないしな。

というわけで、その日その場に居合わせた私と碧ちゃんと
もうひとりの友人、舞子さんの3人でまあ、フツーにおでんを食べながら
そんな話をした。

「今年に入ったくらいから、急にこどもが欲しくなってさ、子づくりに励んだわけなんだよね。
とはいってもホラ、私の彼って結婚してるから、
彼は子づくりには消極的だったわけでなかなか妊娠しなくてさ。
だけどその間に私、別に好きな男ができて、その別の男とも付き合い出したんだよね。
で、まあ、私は二股かけてるし、それがもともと付き合ってた彼氏にもばれてモメ始めて、
結局そのもとの彼とは別れるかどうかってとこまでいったんだけど。」

・・・

「私、もし誰かの子供を産むとするなら、絶対その、もとの彼氏の子供がよかったんだよね。
男として、彼氏としてどっちが好きかって言ったら断然、新しい方の彼氏の方がすきだったんだけど、
自分の子供の父親、って考えたら絶対にその、もとの彼氏がよかったの。」


「・・・で、どうしたの。」


だいたい、わかるけどな。


「新しい彼氏には何も言わないで、
その新しい彼氏への嫉妬に狂うもとの彼氏に馬乗りになって子づくりした。」

・・・そ、そうか。

まあ、父親にするならこの男、恋してセックスするならこの男、って感じで、
目的に応じて求める男が変わるっていうのはなんとなくわかる。
ちなみに、ここでいう「父親にするならこの男」というのは俗にいう「結婚したい男」とはまた別である。
碧ちゃんは私と同じ34歳だが、全くと言っていいほど結婚願望が無い。
手堅い仕事も持ち経済的にも精神的にも自立しているので、
周りの女友達が結婚して子供産んでるから、そろそろ私も、というような
いわゆる自分の歳に焦っている、という状態とも無縁である。

だから碧ちゃんはきっと、自分と掛け合わせる遺伝子に恋をして
その父親候補の彼氏に出会ったのだと思う。
そして、自分が生きる糧としての恋を求めて、恋愛対象としての彼にひかれたのだと思う。

碧ちゃんは、一点の妥協も無く、その両方が欲しかったのだ。
もしかしたらそれくらい、そのふたりの男は碧ちゃんにとっての理想の恋人と、
自分の子供の父親だったのかもしれない。



「でさ、できたわけでしょ。なんでそれを、堕ろしたの。」


「うん、妊娠がわかって、2週間くらいした時にさ、
新しい彼の方にも言っとかなきゃ、って思ったんだよね。
で、メールしたんだよね。
『妊娠しましたがあなたの子供じゃありません。』って。」


・・・そりゃまた唐突な。


「私としてはさ、そこで別れ話がでるのも覚悟はしてたんだよね。
だって、他の男との子供がお腹にいて、
それでも今までと同じような付き合いが続くとは普通思えないじゃない。」


ま、まあふつうはそうだけどな。
だけどここまでの話があんまりフツーじゃないんで
もうフツーとかそういう問題でも無いっていうか。


「でね、その妊娠しましたってメールの後に新しい方の彼と会ったんだけど。
彼はさ、あたりまえだけど私のメールにびっくりして色々思いめぐらせたみたいで憔悴してて、
仕事を抜けて会いにきてくれたんだけど、初めは、私の顔見ても何にも言わなかったんだよね。
子供の父親についても聞かなかったし、これからどうしたいのともきかなかったし。
でさ、しばらくした時に、泣きそうな顔で、言ったんだよね。
実際顔は泣いてはいなかったんだけど、顔以外の身体の全部が、泣いてるような感じでさ。
『とりあえずは、今のままでいよう。』って。
『あなたは、あなたの生きたいようにしか、生きられない人だから』って。」

・・・

「わたし、それ聞いた時にさ、今までもその彼のことはものすごく好きだったんだけど、
その何倍も、好きだって思ってさ、この好きだって気持ちのままで、
その彼ともう一度セックスしたいって思ったんだよね。
おなかの子供抜きで、
どうしてもふたりだけでセックスしたいって思ったの。」


初めは、碧ちゃんがこの話を始めたとき、彼女は懺悔をしたいのかと思っていた。
私たちに話す事で、自分自身か、そのほかの存在に赦しを請いたいのかと思っていた。
だけど、碧ちゃんは万にひとつも後悔の念は無いという。
なぜならそこで、碧ちゃんは、自分の人生に必要なものを自ら選びとったから、と。


「そのセックスは、気持ちよかった?」


「うん、今まで生きてきた中で、一番気持ちよかったよ。
今は、その新しい彼と仲良くやってる。
勿論、中絶したときは哀しいっていうかすごく寂しかったけど、
私は何も後悔してないから辛くはないし、
むしろこの先、堕ろしたことを後悔するような人生を歩んだら、
それこそ私の人生が失敗なんだって思った。」


ずっと黙って黙々と酒を飲んでた舞子さんが言った。

「子供を堕ろしたことで、なにも引け目を感じたりすることはないよ。
 女が、大昔から、どの時代にも繰り返しやってきてることなんだから。」

だけどまあ、そういうことはおおっぴらには言えないよね。
本人がちゃんと人生を歩んでいる中でのことだから、
勿論、親しい人たちは基本的には理解してくれるだろうけど
「堕胎はいいのか、悪いのか」という普通に生きてたら考えなくてもいいような
重い問いを突きつけられることになるからね。
できることなら、わざわざそんなことを親しい人に考えさせたくもないので
必要がない限りは、言わなくてもいいのではないかと、私は思う。
だけど、言えないからといって引け目を感じる事も無い。
それくらいのもんだと思う。
勿論、例えばレイプされた女性にできた子供の堕胎は致し方ないか否か。
というようなある意味究極の問いでなかったとしても。

でもまあ、
曲がりなりにも、ひとり殺してるわけだしな。
まだ腹の外の世界を知らない存在とはいえ、
自分の腹の中のひとつの命を自分の都合で処置したとなればなんというか、
人間性というよりももっと、
女の母性本能的な部分を否定されそうな感じもするもんな。
なんつーか、世間的にはね。


「いや、私は高校生と中学生の子供がもうふたりもいるけれど、
女の母性本能だって、所詮は感情なんだって思うよ。
かわいいときは勿論、すごくかわいい。だけど、憎いときは憎い。
母性本能って、女なら誰でも持ってるこの世で一番尊い本能のように言われたりもするけど、
結局はそれだって湧いたり消えたりする感情と一緒なんだよ。」


舞子さんは話しながらも酒を飲む。


「結局、子供を堕ろしたのをきっかけに前の彼とは別れたんだけどさ、結局私は、
子供とか、子供の父親とか、そういうものよりもセックスの相手としての、
恋愛対象としての男が必要なんだって思ったんだよね。
そういう相手といる時の、甘い香水をぶちまけたみたいに幸せな時間とか
泥に埋まってくような辛くて苦しい時間とか、
セックスの快感とか、嫉妬とか、自己愛とか、独占欲とか、
普段では考えられないくらいの相手に対する謙虚な気持ちとか、
それこそ別れた時の死ぬほど悲しい気持ちとかまで、恋愛に関する全てのものが、
そういうのが、私にとっては一番、大切なんだよね。
だけどさ、結局はそういう自分の欲求のために、ひとり死なせたわけでしょ。
たまにさ、男に死ぬほどのめり込んでいく女とか、子供を殺める母親の昔話とか、
そういう女の身勝手さを、女の情念とかどろどろしつつも美しく語るような物語ってあるじゃない。」

ああ、阿部貞とかね。
アレは子供を殺しては無いけど、
自分本位な女の本性を題材として作品にもなってるしね。


「そう、女の本性なんてさ、全然恐ろしくも美しくもなくて、
 単に徹底的に自分本位だし身勝手なんだよ。
 まあ、少なくとも私は、だけど。」


そうかもしれない。
そして誤解を恐れずにいうならば、それは女の強さでもあるかもしれないね。


「私の友達のひとりでさ、今、熱心に子づくりしてるコがいるんだよね。
だけど、なかなかできなくて、排卵日チェッカーかなんかで排卵日を測定して、
その前後に狙い撃ちで旦那さんとセックスしてるらしいんだけど。
とにかく子づくりに熱心なのはその奥さんの方だけでさ、
旦那さんは、別にそんなに焦らなくても、自然にできればいいじゃんって感じなんだよね。
だけど奥さんがとにかく子供を欲しがるから、
そんな子づくりをもう半年以上つづけてるらしんだけど、
最近ではもうそういう子づくりのためだけにやるセックスに旦那さんの方が嫌気が差してきたみたいで、
旦那さんがその子づくりセックスを拒否するようになってきたらしいんだよね。」


・・・たしかに、それはそうだろう。
男でなくても旦那さんの気持ちはわかるわ。

だけど、子づくりに執着する女は私の友人にもいるけれど、
あれって一度始めると子供を作るということ自体が
世間体とか自分の存在価値の確認みたいなことと関わってきちゃってなんか
変なスパイラルにハマって大変そうな感じもするのよね。



「うん、だからさ、欲しいも、欲しく無いも結局は女の身勝手なんだよ。」
 

「産むも、産まないも女のエゴ。」


舞子さんはそう言ってまた、酒をのんだ。


そんな女の身勝手を、

それを醜さとするか強さとするか
それは私にはわからない。


だけど、それは正しくも無いし間違ってもいない。


命を抱えることができる女の体は、
そんな薄っぺらな二元論ではできてはいない。

善いも悪いも好きも嫌いも
恨みも快楽も
悲しみもやさしさも
決して割り切ることをしない
全ての矛盾を抱き切る身体を

持て余しもせず、
味わい尽くす女もいるというだけの話である。