2012/09/27

綺麗な人

Istanbul

「基本的に、女友達はいらないんだよね。」

六本木のイタリアンバーに友人の寧々ちゃんに誘われ
食事をしていた時の事。

いきなり私を呼び出しておきながら「女友達はいらない」とのたまうのは
最近、SM系の店で仲良くなった美女、寧々ちゃん。
この寧々ちゃんは37歳といえど本当に綺麗な女で
なんというかとても、色気がある。
肌は真っ白で眼は黒くて大きくて体つきはとても華奢で
一見少女のような可憐さがあるのだけれど
日常的にSMのセックスにどっぷり浸かっているせいか
柔らかそうな肌の毛穴ひとつひとつから色の匂いがするような
いつも湿度のある色気が彼女を包んでいる。

「ああ、わかります。昔は私もそう思ってたから。」

基本的に、男好きの女というのは女友達はいらないと思うんだと思う。
私も二十代の半ばくらいまではそう思っていた。
男との関係に関しては意味も喜びも見返りも見いだせるのだけれど
女友達というものの必要性はよくわからなかった。

「だけどさ、最近やっぱり女友達も大事かなと思い直してさ。
 やっぱりこの先男だけじゃ、やっていけないよなあとか思って。」

・・・そうかなあ。

「寧々ちゃんくらい綺麗だったら
 これから先もいくらでも面倒見てくれる男が現れると思うんだけど。」

向かい合って座る寧々ちゃんと私の間にはすでに数皿の料理が並ぶ。
頼んだもののお互いあまり手をつけていない。
私は余程気心のしれた相手との会食でないかぎり
相手との会話に極端に神経を使うので食事まで気がまわらない。
一方、寧々ちゃんはもともと小食で、食べるという事にあまり興味がないらしい。
「作るくらいなら、食べない。」というくらいだから料理も勿論しないだろうし
そのせいかはわからないけど体つきも肉が無くとても細い。
大体、性欲が本当に強い女って他の欲求は薄い気がするんだよな。

寧々ちゃんの着ている黒いワンピースから覗く細い肩を見ていると
痩せた女というのは本当に綺麗だなあと思う。
勿論顔つきや身体が綺麗だからこそなんだけど
痩せた女の顎や肩はなんだか残酷で可哀想で儚げで、色っぽい。

牡蠣のソテーを箸で取り分けながら寧々ちゃんが言う。

「いや、無理だよ。私ももうすぐ40歳になるし。
 今はまだ男も寄ってくるけど、歳とったらさすがにどうなるかわかんないよ。
 だから生活のこととか考えると
 やっぱり手に職つけとかないとなあとか思うんだけど。」

寧々ちゃんは今、歳が一回り上の男の愛人をやっている。
お互いSMにどっぷり浸かっていて
端から見てるとこれ以上無いくらいお似合いの美男美女のカップルに見える。
多分、彼に生活の面倒もいくらか見てもらっていると思うけど、だからこそ、
やっぱり別れた時の事を考えると色々愛人というのは不安だろうな。

長年家庭とは別に愛人を持ち続けている60代の男友達によると
愛人というのはとにかく若いうちに金持ちの男を捕まえて
付き合っているうちにどれだけその男から金を引き出せるかが、勝負だという。

愛人というのはなんの保証も保険も無い。
だから、相手が自分に貢いでくれているうちに
十万でも百万でも、できるだけ男から引き出して貯めとかなきゃなんないんだと。
愛人を生業でやるっていうのはそういうことだと、その男は言っていた。

意外と愛人っていうのも、切実だよなあ。

今の時代、ただの不倫相手というものではなく
経済的な支援を含めた愛人というものを生業にして生きている女って
一体どれくらいいるんだろう。
なんでか私はそういう愛人家業を営む女の人たちこそ
とても「女らしい」と感じることがある。

好きになった男と結婚して家庭に入って子供を産む女たちには
絶対に無い色気があるんだよな。

それは男から見た女としての自分、を見つめ続けて生きているからなのかな。
しかも生活がかかってる分、ある意味命がけだしね。

その日寧々ちゃんが私を誘ったのは
どうやら週末家族のもとに帰る彼の、不在の寂しさを埋めるためであったらしい。

普段は絶対にそういう事は言わない寧々ちゃんだけど
以前、週末に彼が家に帰ることがとても嫌だ、と漏らしていた。

「寧々ちゃんはまた結婚したいとは思わないの?それこそ子供が欲しいとか。」

寧々ちゃんは特に美味しいとも不味いとも言わず
目の前にある料理を眈々と食べる。
特に食べる事に対して興味がないみたいに、ただ食べる。
以前、寧々ちゃんの彼が「こいつは一人になると飯を食わなくなるからそれが心配だ。」
と言っていたのを思い出した。
ああそうか、だから、今日は私を呼び出したのか。

「結婚はもう一回してるし、別にどっちでもいいかな。
 でも私は男がいないと生きて行けないから、一緒に生きて行く人は欲しいよね。
 子供は、いらない。もともと子供、好きじゃないし。」

寧々ちゃんは二杯目のワインを頼もうとして眼で店員を捜した。
週末の店は大勢の人で混んでいたけど、店員は不自然なくらいすぐに、来た。

「へえ。私ももともとあんまり子供は好きじゃなかったけど
 最近友達の子供とかはかわいいなあとか思うね。
 自分の子供は、欲しいかって言われるとどっちでもいいけどさ。」

「う〜ん。そうかなあ。だって子供ってさ、
 可愛い顔してる子は可愛いと思うけど、
 そうじゃない子はムリ、とか思っちゃうんだよね・・・。
 こんなこというのも、アレだけどさ。」

・・・わかる。

私は寧々ちゃんの、そういうところが大好きだ。

こういう女というのは
結婚して子供を産むことを幸せとする多くの女たちとは求めるものも違うし
今、その眼で見ているものも違う。

自分に正直な寧々ちゃんは、純粋すぎてとても危うい。
それが堪らなく彼女を色っぽく見せるのだと思う。

こういう純粋さが、そのまま幸福へと、結びついていけばいいのに。

なぜだか無性に、そう思う。