2016/10/01

Gothic


ゴシック装飾・アクセサリーショップのHdsさんの商品と、メヘンディ撮影をさせてもらいました。

私自身はどちらかというと装飾的なものはあまり好きではないのだけど、
ゴシック時代のファッションや建築は、装飾的でありながらどこかストイックさのようなものがあるから好きなんです。

ていうか、ストイックっていうより制約の中で欲求を発散し尽くしてる変態性みたいなものを感じますよね、ゴシック美術って。


「マエダさんのメヘンディはなんか建築物っぽくて好き。」

とHdsさんに言われ、なるほどなあと思い なんだか自分のやりたいことの幅も広げてもらったような、ありがたい時間でした。




メヘンディは身体と一緒になるだけでも楽しいけど、
最近は他の色々な要素や素材と関わらせていただく機会が多く、うれしい限りです。

2016/08/29

不妊



なんつーか、シビアな話だよなと思う。


「できないんだよね」


友人の寧々ちゃんが無表情でそう言った。
この女が無表情になる時っていうのは怒ってるかイラついてるかもしくは悲しいか、とりあえずは昂ぶっている感情を見せまいとしているときである。


「なにが」


「子どもが。もう二年も、子作りしてるんだけどね。」


「・・・ああ、それは、また、いや~~な話だね。その、子どもができないっていう不妊の話はさ、女がする話の中で、たぶん一番シビアで重~いウェーブを発する話だと思うよ。」


そのとおり、重い話だけど聞くかと言われたので、私は喜んでウンと言った。
聞くだけなら、私はどんな話だって楽しい。


「たしかにさ、時代にもよるのだろうけど、ちょうど今の、寧々ちゃんとか私たちぐらいの年代になるとよく聞く話だよね。私の友達でもさ、旦那さんとのセックスレスで子どもができないとか、してるけどできなくてもう何年も不妊治療してて辛いって子とか、あとはめずらしいとこだと彼氏が昔にパイプカットしていて、パイプの復旧手術も今はできるからすれば子作りもできるんだけど彼氏がしてくれなくて、彼氏は結婚したがってるんだけど彼女は子作りができないなら結婚にはウンとは言えないって言いながらも、もう7年も付き合ってるカップルとかね。まあ、いろいろあるさね。」


寧々ちゃんは数年前に、当時妻子持ちだった50代の男と結婚した。
相手の男は離婚に際して徹底的に身ぐるみ剥がされ、現在は経済的には誉められた様子ではないようだが、寧々ちゃんはそこらへんはあまり気にはならないらしい。女の経済的な自立と自由恋愛っていうのは、やはりセットなのだなと実感する。


「子どもができないってさ、ホントにつらいよ。安易に子作りを始めた自分を呪うくらいには、つらい。」


「うん、知ってるよ。私も、昔だけど、そういうことあったから。あれってさ、女の排卵が一ヵ月に一度っていうこと自体が、つらさを助長させてる気がしない?」


「ああ、当てなきゃいけないってこと?」


「いや、っていうよりさ、どんなに頑張っても、基本は一ヵ月に一回、できるかできないかのサイクルじゃん?今月ダメだったら、また来月まで待たなきゃならない。来月ダメだったら、また再来月。どんなにがんばっても、ひと月一回。ひと月単位で何かを成し遂げようと思ったら、常に月に一回ずつの排卵と生理を気にしながらの毎日なわけで、すぐに一年くらい経っちゃうんだよ。一年分の疲労感付きでさ。しかも、その一年のうちのほとんどの時間が待ちの時間なわけだから。待ちの時間って、つらいじゃん。その間は頑張りたくても何もできないわけだし。その待ちの時間の、その疲労感たるやなんつーかもう思い出すだけで吐き気がするね。」


「わたし、ちょうど子づくりはじめて二年になるんだけどさ、最初の半年くらいはさ、結構冷静に前向きにいられたんだけどさ、一年過ぎたぐらいの時からかな、段々、鬱っぽくなってきた自分に気が付いてね。ちょっとこれはまずいなと思って。落ち込む期間が毎月毎月、長くなってくるんだよね。たぶんPMSとかホルモンのせいもあるのかもしれないけど、たぶん相互作用なんだろうね。先月ついに落ち込みが一番ひどいときにベッドから起き上がれなくなってね。なんか、自分に対しての後ろ向きな思考で頭がいっぱいになっちゃって、もう、何もしたくないって、頭が、っていうか身体がもう活動拒否状態っていうか、そんな感じで。一日だけだけど、とうとう仕事や休んじゃったんだよね。こんな理由で寝込んで仕事休むとか、自分でもびっくりしたよ。」


「ああ、わかるわかる。あれはさ、「子どもができない」って思考から始まるマイナス思考の無限ループなんだよ。それで鬱になるっていうのはすごくよくわかるよ。人にもよると思うんだけどさ、大体、「こどもができない」ってことから始まって、何の根拠もないんだけど「そんな自分には価値がない」ってとこまで思考が段階的に行く気がするんだよね。その人の社会的な立場にもよるだろうけど、結婚しててまわりから子供を望まれてたりとか、そういう対外的なプレッシャーは女性の生き方が多様化した分、昔よりも今は少ないと思うんだけど、自分が、自分に与えるプレッシャーっていうのは変わらずあるからね。で、例えば「こどもができない」から始まって、「なぜできないのか」ってとこから無闇に原因探しに走ってループを深める場合もあるし、ありもしない原因を探り続けるのも悲劇だけど、その原因がはっきりしている場合も大変じゃないかと思うんだよね。まだまだ、頑張れちゃうっていうか、頑張りようがあるわけだから。まあ、私の場合はそこまで頑張ったことないから、っていうか、そこまでは頑張らないって決めてたから、結果的に頑張ってなくてわかんないんだけどさ。」


「ああ、多分、セックスレス以外のできない原因なんか、知らないほうがいいと思うよ。できないならできないで、今は女の人だって色んな生き方ができるわけだから、それでいいじゃんって。・・・・・・って、理屈ではわかろうとするんだけどね。無理なんだよ。」


「そうだね。無理だね。」


「・・・・なんか、変な言い方だけど、神様に見放されてるような、そんな気がしてくるんだよね。わたし、無神論者なのに。」


「・・・授かりもん、とか、運とか、そういう言われ方をするからね。じゃあ、できなかった人には、そういう神様からの何かがなかったかのように感じれなくもないからね。まあ、運みたいなものを、偶然と捉えるか、必然と信じているかにもよるんだとは、思うけどね。」


「できない、って、完全にわかっちゃえばもう少し楽かもしれないと思うんだよね。それはそれでつらいよと言われるかもしれないけど、もしかしたらできるかも、と思ってるほうが、思ってる限りはつらいのが続くよね。毎月の、淡い期待と断崖の深淵みたいな落胆の高低差つきでさ。」


「ああ、そうそう、その高低差がね、つらいんだよね。ていうか、だったらむしろさ、一度、病院で検査してもらったらいいんじゃないの。ダメな理由がわかれば割り切れるだろうし、可能なら治療もできるだろうし。それに今はさ、人工的な妊娠っていうのももう珍しくないじゃん?命の発生は神の領域だとかいってそういう人工的な妊娠をいやがる人もいるけどさ、人間なんてもう明らかに本能は壊れてるし、壊れた本能を支えてるのはもう文化とか文明でしかないと思うんだよね。それに昔だったら神様の仕業みたいなことでも、科学が進歩した今なら普通のこともあるし、ていうか、昔は人間に不可能なことは神の仕業だったわけでしょ、今はまだめずらしい人工的な妊娠だって20年先にはもうスタンダードになってるかもしれないでしょ。え、まだあなたのとこ、セックスしてるの?みたいな。もう今はさ、生殖行為自体、もう本能じゃなくて趣味なんだよ。だからゴルフとか俳句みたいにそういうのか好きな人たち同士がやればいいだけの話でさ、だから人工的な妊娠がやっと自由診療ではあれ誰でもできるようになってきたってことはすごくまっとうでありがたいことなんじゃないの。まあ、だけど、病院で検査とかそういうのは、彼が、嫌がるかもしれないけどね。」


「いや、彼はね、検査してみてもいいって言ってくれてるのだけど、私がいやなんだよね。それは、子作りする前に自分で決めたの。私は、他のこともそうなんだけど、できるときは自分が望まなくてもできるし、できないときはどうやったって、できないって、思ってるから。実際、私一回、前の男との間に妊娠してるし、まあその時は私の都合で堕ろしたんだけど、できるとかできないって、そういうもんだって思ってるから。そういう、自分の欲求を超えた力っていうか、運とか、自然の摂理、みたいなものとか、まあ、もしかしたら誰かはそれを神様とかいうのかもしれないけど、そういうものに対しては謙虚でいたいっていうのが私にはあるから、だから、ホントは今回のこともできないならしょうがないって、受け入れたいんだけど、なんか、まだ気持ちが追い付かないんだよね。なんか、思ってたより、納得するのに、時間がかかりそうで。」


「女の人って、頭で考えてるっていうよりかは、いろんなことを、生理的に、身体で考えたり決めたりしているようなところがあるからね。何かのきっかけで身体が「産みたい」ってモードに入っちゃうと、なかなか切り替えるのも難しいんだろうね。理屈で納得、なんて浅はかさとは無縁な分、こういう時はつらいよね。あとは、不妊期間が長いほど精神的に産むことへの執着も強まるだろうしね。執着は「すき」と違って全然楽しくないからね。むしろ、「欲しい!」っていうキラキラした希望が「できないんなら死にたい」っていうくらいの呪いになり得なくもないっていうか。」


「別に、子どもとか、好きじゃないんだけどね。」


「それとこれとは別問題なんだよ。」


「私の彼氏さ、一度離婚してるから、前の女との間にふたり、子どもがいるんだよね。中学生と小学生の男の子がふたりなんだけど、その子供のことは今でも、凄く可愛がってるの。その子どもが大事っていうのは、もちろんよくわかるんだけど。」


「うん。」


「わかるんだけど、私は、前の女との間にできた子どもなんて全然好きじゃないし、ちゃんとした人間は自分の好きな人の大切なものは自分も大切に思えるのかもしれないけど、だけど私はそんなの絶対無理だし、だって、自分以外に自分以上に大切なものがあるなんて嫌じゃない。せめて、自分と同じくらい大切なものが、自分と、彼との娘だったら、いいのにって。」


「あ、娘、って、女の子限定なんだ。」


「うん、わたし、もし生まれるとしたら、絶対女の子がいいの。っていうか、もし、生まれるんなら女の子、って信じてるの。っていうと思い込みが酷くてやばいと思われるかもしれないけど、ホントに、もし男の子だったら、子どもなんていらないんだよね。」


「それは、すでにいる子供たちが、男の子だから?」


「たぶん、・・・・それもあると思う」


そこまで聞いて、私にはなんとなく、寧々ちゃんが考えてることが解ってしまった。


寧々ちゃんは、多分、その生まれるべき自分の娘に、自分自身を投影しているのだ。


「彼と、自分の間にできた娘を、彼が溺愛しているって想像すると、なんだか、気が済むんだよね。彼のことを、本当に、手に入れられたような、そんな気がして。実際にそんなことになったとしたって、自分がどう思うかなんて、本当には、わからないのにね。」


寧々ちゃんはきっと、女として充分に愛されるけでなく、彼の子供に対する愛情まで、独り占めしたいのだ。


思い込み云々というより、私は寧々ちゃんを、欲の深い女だな、と思った。
満足とか幸せがどうとかいうより、多分この女は、愛した男ひとりを食いつくさない限り、きっと気がすまないのだろう。
大体この女は一人の男を離婚させて結婚して、それだけでもすごいパワーというか、執着だなと思う。でもそれでもまだ、気が済まないんだろうな。


まあ、欲を満たすために欲を作り出すのが人間だとしたら、きっと寧々ちゃんはとても健康的なのだ。
女が全てそうだとは全く思わないが、たぶん、中にはこんな女もきっといるんだろうな、と思った。



「変な話だけどさ、最近彼とセックスしてる時にね、自分が、彼と自分との間にできた娘になって、その娘が彼とヤッってるって、そう想像しながら彼とするとね、すごく親密な気持ちになって幸せなんだよね。そんなの、現実でしたら父と娘だし近親相姦だし、やばいだけなんだけど、なんなんだろね。わたし、ファザコンの気とかもないはずなんだけど。で、たまに冗談でさ、彼に『もし娘ができたら、娘と私と、みんなで3pしようね』っていうと、彼はまあ冗談だと思って笑うんだけど、ていうか、普通の男なら笑いもしないと思うんだけどね、彼氏は結構そういう方面には寛容なひとだから、まあ、軽くいなすんだけど、私はね、万が一自分に娘ができるとしたら、それはある意味では、彼と私の間で消費されるものだと思っているの。
まあとはいってもそれはもちろん妄想だから、実際にできてもそんな風にはしないと思うよ。だけど、そういう妄想は何かの原動力として確かに私の中にあって、私が子どもが欲しいと思う理由は、それなわけだから、だから、そういう意味ではそれもひとつの真実ではあるのだけど」


「圧倒的な自家消費だね。父親が娘を消費したら、後には何が残るのかね。」


まあ、妄想だからね。
と寧々ちゃんは笑って言った。


「こんなこと考えてるから、できないのかな。」


そう寧々ちゃんはわざと自嘲気味に言ったが、それが彼女の運命的に可なのか不可なのか、きっと寧々ちゃんは自分でも他人でもない何かに、決めることを託していて、それ以外の何者にも決めさせまいと、きっと彼女は固く決めているのだろうと思った。


「友達にさ、今度、顕微受精するかもっていう子がいて。」


「ああ、男の人の方の、精子の活動が弱いのかな。直接卵子に精子を、こうチクッと注入するやつだよね。」


「そうそう。でね、私は、そういう人工的にでも子どもを作ろうとする人ってさ、なんか、自分の限界を認められないわけで、潔くない往生際の悪さとか、自分の力でなんとかしてやりたいという傲慢さとかを感じたりもするんだけど、だけど、結局はさ、じゃあ、病気で苦しんでる人に、もうそれはあなたの限界なんだから、潔く苦しみなさい、死になさい、って言ってるのと同じようなことだとも思うんだよね。別に、不妊の人が不治の病の人と同じくらい苦しんでるとか、つらさの程度のことを言ってるんじゃないよ、自分の現状に対する不満と、そこから脱却したいという欲求は、すごく自然な、欲じゃないかって話。それに、その限界の概念もあたりまえだけど時代によって変わっていて、その過渡期には勿論悩む人も多いわけだけど、だけど現実に不満を解消する選択肢は無数にある場合もあるわけだよね。不満の、どの地点を基準にして決断するかは、時代とか文化とか個人によるけど。その欲求がどれだけ大きくなるかは、それが可能になる手段が可能な形で目の前にあるかどうかってことにもよるしね。」




何か私の言葉が不服だったのか、

そうだねえ、とか、当たり障りのない返事を嫌う寧々ちゃんは、何も返事をせず、黙ってまた端正な顔を無表情に戻した。

少しだけ沈黙で私を威圧して、そしてまた口を開く。


「だけど、やっぱり私は、いやなんだよね、だって、どこかで、自分がやるべきこととそうでないことに線を引かなきゃ、結局はどこかで自分が、苦しむわけでしょう。欲求なんて、形を変えてどこまででも、続いていくんだから。その基準は、人によるのかもしれないし、たまたま、私の基準がそこだったていう、そういうことだと思うよ。」


そう、寧々ちゃんは何かを割り切るように言葉を紡いだが、
そんなふうに、いつも割り切れない何かを内包する寧々ちゃんの顔は、今日もとても綺麗だ。






2016/03/09

煙



「以前から不思議だったんだけど、Sの女とMの男のカップルって、いったいどうやってセックスするの?」

そんな素朴な疑問を、SMの調教師の加賀さんにきいてみた。

いや、昔から疑問だったんですよ。
だって、一般的にセックスって男が攻め手で女が受け手でしょ。
精神的にってゆーか、生理的にそうでしょ。

S女とM男ってゆー、攻受にこだわりつつも、その攻受が逆転した関係性で、どうやって最終的にセックスできるのかっていう。

いやもちろん、世の中のSMを楽しむカップルの中にはガチで仕事もプライベートも日常も非日常もSMでしかない人もいますけど、大方のSM愛好者たちは別にいつも縄で縛られたり鞭打ったりしてるわけじゃなくてフツーのセックスもするし、職業女王様はだいたいプライベートではMだって聞くし、そんな日々の一部でだけでSだのMだのを楽しむ人が多数だっていうのはわかってるんです。
わかってるんですよ。


 私が聞きたいのは、そういう場合に応じてある程度自分のS性やM性を加減できるSM愛好者の話じゃなくて、真性の根っからのS女とM男の話なんです。

まあ、そんなM男に関するお話を、こんな揺るぎなく確固たる真性S男の加賀さんに聞くこと自体がお門違いかもしれないんですけどね。
だってS男とM男って、基本的にはなかなか解りあえない感じもするから、交流もなさそうだし。


「いや、俺は昔、出版社でSM雑誌を作ってたろう、その時には女王様と一緒にM男も相手にしてたからな、M男とも交流はかなりあったんだよ。」

ああ、そうか。

「なに、じゃあ、Sの女王様とM男のセックスって、最終的にはどうやってするの。
ずっと騎乗位なの?それくらいしか、私には思いつかないんだけど。」


「なんだおまえ、今度はM男相手になんかやろうっていうのか。」

「はは!いや、ちがうって。以前からの、素朴な疑問なんだけど。」

私は基本的にはM男には興味はないんだよね。
もう何年も前に、付き合ってた男がお尻の穴を弄って欲しいとか仰向けに寝た自分の下半身を私の足で踏みつけてイカせてほしいとか言い出したことがあって、その時は興味もあってちょっとワクワクしたんだけど、結局、興味だけで終わってしまった。

その時に、思ったんだよね。

「お尻掘ったり踏みつけたりしてあなたが気持ちよくなるのはいいんだけどさ、最終的に私はどうやって、気持ちよくなればいいわけ?」って。

加賀さんは、吸っていたまだ半分くらい残っている煙草を灰皿に押し付けた。
最近は煙草の量を減らしているようだけど、やっぱりお酒を飲むと吸いたくなるもんなのかな。
煙草が吸いたくなる感じって、どんな感じなの、イライラするの、と聞いたら、加賀さんは少し考えて、「口寂しいっていうか、キスしたくなる感じとちょっと似てるよなあ。」と言ったので、じゃあ、キスしてあげようか?と私が言ったら、加賀さんは猫みたいに人懐っこくて綺麗な眼を細めて笑って、わかったわかった、後でな、と言った。



「結論からいうと、S女とM男の間では、挿入行為としてのセックスは、成り立たないんだよ。」

え、そうなの。

「だってほら、考えてもみろ。男にとっては、セックスの挿入っていうのは攻撃行為なんだよ。どうやって、自分が額づいてる女王様相手に攻撃行為ができるっていうんだ。」

「ああ、そうか。なるほど」

「大体、M男はな、肉体的な痛みとか、羞恥心や屈辱感を女王様に誘導されることで興奮するわけだから、自分のペニスを女王様のあそこにいれて犯すっていう、考え自体がもともと無いんだ。そういう頭の回路自体が無いから、もし、実際、挿入とかそういう状況になると、大体は、硬くなってたモンも萎えるんだよ。使いモンにならなくなるんだ。
 思考のどこかで、攻撃行為であるところの挿入行為を拒否してるんだろうな。
S女だって同じ事だよ。
 支配欲に酔ってるところに挿入されたら優位性もなにもないだろう。
 女は女で、気持ち良くなればなるほど精神的にも肉体的にも弛緩してM的になっていくように体ができてるわけだけど、女王様がプレイ中に気持ちよくなってあんあんいうわけにもいかないからな。
まあそれは、Sの男性の場合でも同じことだけどな。
だから、つまるところ基本的にはM男とS女は挿入行為としてのセックスはできないんだよ。」


・・・ああ、なんかそれはわかるわ。
攻める方が喘いじゃったら、もうアウトなんだよね。
私、ヤッてる最中に男が喘ぐと一気に気持ちが冷めるんだけど、それも攻受の関係性がその時に揺らぐからなんだよね。


「あ、でもさ、M男の方は挿入は無いにしてもイクことはできるよね。女王様に下半身を踏みつけられてイカされるのもアリなわけでしょ。だけどもしM男がそれでよくても、女の方は、それだけじゃ満足できないよね。」

「ああ、だから、本当のS女は不感症の女が多いよ。そうじゃなきゃ、M男の相手なんか、できないよな。」

「不感症って、感じないってこと?」

「いや、感じるんだけど、イケないってこと。実際、女王様でそういう女は、結構いるんだ。そういう女とヤッてるとな、あんあんずっと言ってるくせにイケなくて、こっちも手を尽くして色々やってやるんだけどな、しまいには「私のことはもういいので、先にイッてください」とか言われたりするんだからなんだかなあって気分になったよなあ。昔の話だけどな。」

「その場合の不感症っていうのは、セックスの経験が少なかったり、たまたま下手な男にしかあたってこなかった女の子が、イッたことない、っていうのとはまた違う話なんだよね。」

「もちろん違う。それは、いわゆる病気じゃないからな。不感症の原因は大体は精神的なものだけど、レイプとかDVの経験があったり、結局は男との信頼関係が築けてないってことだよな。あとは父親の寵愛が過ぎたりとか、セックスに対する罪悪感が植え付けられてる場合とかかな。
まあ、レイプとかDVの経験があっても、不感症になるやつもいれば、Mになるやつもいるからな、それは心の問題だから一概には言えないんだ。
誰しもが、お前みたいにヤルたびに10回も20回もイケるわけじゃないんだよ、まあ、お前の場合は、どこからどこまでが本気で演技なのか、わかんないけどな。」


加賀さんが吐いた煙草の煙が大きく広がって私の顔を包んだ。
不意に息を吸ったら、喉がキリリと傷んで咳きこんでしまった。
もともと喉は弱いのだけど、最近は他人の吸う煙草の煙でもむせるようになっちゃったんだよなあ。
もともと私の身体は、刺激物に対して強くはないんだ。
そのおかげもあって、いままで体を酷使せず生きてこられたのかもしれないけれど。

「まあ、S女がみんな不感症ってわけじゃないから、中にはどうしても体で快感を得たいS女はM男の立ったペニスの根っこをリングで締めて、立たせた状態にしたままで挿入したりもするよな。無理矢理リングで締めて立たせるわけだから、それだとM男もそのペニスは自分の性器ではなくて、女王様が遊ぶための道具だと思えるんだよ。だから、それならオッケーってことで、お互い納得できるんだろうな。」


・・・なんか、こう言うのもあれだけど、色々ややこしくて大変だね。
もうなんでもいいじゃない、入れて擦ればきもちいいんだからさ、ってゆーことには納まらないあたりが人間らしいってことなのかなあ。



「あのな、これはSの男も同じなんだけどな、射精の快感なんて、たかが知れてるんだよ。
大したこと無いんだ、出すことの、肉体の快感なんて。
だからこそ、MもSも、色々妄想して、想像して興奮して、時にはそれを現実にして、実際の肉体以上の快感を得るんだ。

肉体じゃなくてアタマで、快感を得てるんだよ。
そういうやつらにとっては、もうただ入れて擦るだけの快感なんて、快感とは感じないんだよな。」

そう言って加賀さんはその日会ってから7本目の煙草を揉み消した。
そういえば今年齢67を数える加賀さんは、健康状態のこともあり減酒も試みていたようだけど、結局酒を減らしたことで不眠が悪化して、お酒の量はまたもとに戻ってしまった。
身体が依存してるものから自由になるっていうのは、なかなか難しいもんなんだろうな。

そんなことを考えていたら、そんなお酒や煙草の煙のように、今までの年月で加賀さんの身体に蓄積されてきた女やセックスの記憶のようなものを不意に思った。
それは業のように加賀さんの身体に染みついていて、不幸にか幸福にか、別ち難く加賀さんの肉体や存在をかたち作り、ほんの少しのある部分では蝕んでいるようにも思えた。


「加賀さんはさ、そんなにM男の気持ちもわかってるんだから、たまにはMもやってみようかなあなんて思わないの。ずっと本気でS一本でやってたSMの調教師とか緊縛師の男の人が歳取ったらMに寝返るパターンって多いんでしょ。加賀さんは、そういうの興味ないの。」

「ないね。まったく、無い。」

「ふーん、まあ、そう言うとは思ったけど。楽しそうだなあとか思わないの。」

「いや、もっと若い時だけどな、やってみたことはあるんだよ。」

「あ、そうなの。」

「ああ、当時知り合いの、結構有名な、って言ってもSMってものが流行り出したくらいの時のことだから今考えればまあ綺麗ではあったけど大した女王様じゃないんだけどな、まあ当時は有名なその女王様ふたりにな、「加賀さん、Mやったことないの?一度くらいやってみればいいのに~!楽しいわよ~!」って持ち上げられてな、まあ、酒が入ってたってこともあって、縛られたり吊るされたりMの真似事をさせられたわけだけど・・・・別に全然、楽しくなかった。」


そ、そうか・・。

机に置かれた灰皿に、加賀さんは8本目の煙草を押し付けた。
四角い陶器の灰皿に、8本の煙草は律儀にも同じ向きで、だけど自然に並べられていた。

「SMは、特に男のS性と女のM性は、普遍的な、人間の生理だからな。」

と加賀さんは言い切ったが、
普遍的、という言葉の正しさなんて、きっと人間にはわからないと私は思う。










2015/09/03

猥褻


「猥褻」という言葉をwikiってみたら、
「社会通念に照らして性的に逸脱した状態のことをさす。」と冒頭にあり笑ってしまいました。

なるほど、むやみに人を興奮させちゃうと社会的な秩序に支障をきたすからなのね。

強い快感も不快も結局はどちらも欲望を刺激されてるってことだから
人間が生きていくのに不可欠な要素であるわけだけど
過剰になると秩序が乱れるってことなんだよね。

秩序の規範となる理性は、結局は欲望には勝てないってことなのかしら。

***

先日、春画にまつわるあれこれをネット上の記事で読んでいたのだけど
「春画はもはや猥褻物ではなく日本が誇るアートだ!」
なんていう阿呆なコメントをみつけてしまった。

・・・そんなコメントをつける人間に春画の素晴らしさがわかるとは到底思えないんですけど・・・!

阿呆だコイツ。

正しくは「日本が誇る猥褻物であり、また芸術でもある春画」だと思うのです。

欲望を刺激しないものが美しいわけあるか!

綺麗なものが素晴らしくて、汚いものには価値がないなんて、
もしそんな世界があるとしたら
間違いなくそんな世界には人間もアートも存在できない。

中庸が、社会や秩序を形成する要素と成り得るなら
過度に刺激の強いものを敢えて日常に晒す必要はないけれど
だからこそ日常以外の場所で、そういう場所が必要になってくるわけでしょう。
たとえば創作とか妄想とか、アートとか。
人間が、人間そのままでいられる場所。

たしか今の日本での出版物の猥褻の定義って性器が写ってるかどうかってことだったと思うのですが、
私がこの世に誕生した時に通って来たあのぬめぬめとした産道の入り口が猥褻物と定義されてる不思議。

きっといつだって
ひとが畏れるものと崇拝するものは同じ。
キライなのは、実はそれに支配されていると気付いているから。
スキなのは、すでにその力に魂を委ねているから。

人が生きることの、根幹に関わるものほどタブーになる。

その本質を忘れて、「猥褻」や「アート」を語るのも不毛だと思うの。



2015/08/14

女体

photo : maeda natsuko
「なんで、女の人のヌードにメヘンディ描こうって思ったんですか?」

と、先日のモデルさんに話の合間で訊かれたんですけど

とりあえずヘナやってようが版画やってようが油絵描いてようが
結局は行き着くとこは女体って感じがするんですよね。
・・・って言う人って結構多いと思うんですよね。

みんながスキな女体は私も大好きってことなのです。


***


私は、塗り重ねていく塗料よりも
支持体に食い込み浸透していく染料が好き。

鉱物よりもやわらかく人に近い、植物由来のものが好き。

支持体は木や紙も心地いいけど、
それよりも気持ちがいいのは人の生肌。

男よりも女がいい。
だって自分が女だから。

私がヘナで女体に描くのが楽しいのは
女同士で分かち合える気がするから。

ちゃんと知ってるのに、たまに見失いそうになること。

自分の身体がただ美しく、誇らしいってことを。




2015/07/15

魅惑

photo:maeda natsuko

☝☝☝女性です。

素敵過ぎて胸がギュンとしてしまいました。

たまらん。
なんてセクシー!

「最近、なーんもしてないからさ!
 ダルンダルンで全然お役立ちボディじゃないんだけど、いいのかしら!?」

・・・とかなんとか打ち合わせ段階ではのたまっておいででしたが、
さすが身体使ってるお仕事なだけあってお見事でした。

できたらなにか、写真撮影に使えそうなアクセサリーや衣装等をご持参いただければ、
と伝えたら、帽子やジーンズを持って来てくれるあたり
センスいいなあ。

こんなカッコいい彼女は特にトランスジェンダーとかそういうのではないですが
外見的にしっかりした骨格や筋肉質な身体が醸し出す男性的なかっこよさと
それとは裏腹に鈴を転がすような美しい涼やかな声がなんとも魅惑的な彼女。



私はとにかくセクシーなものが大好きなのですが、
セクシーとはいっても別に女っぽいとか男っぽいとか
そういうものが好きなわけではなくて

むしろそんな女性性や男性性が混在しているさまに、
もしくはそういう二元的なものを超える存在であるかのように
なにかがそこに存在しているさまに、
胸の内側を掻きむしられるような恍惚を感じるのです。

だから精神的にも肉体的にも
そういう二元的な要素がひとつの器にキッチリ統合されてる様を垣間みるのは、
たまらなく快感。

「男でも女でもないもの」ではなくて、
「男でも女でもあるもの」。

なんかそれって世界の完成形。

まるで神様みたいじゃない。













2015/07/07

羽根

photo: maeda natsuko

裸は恥ずかしい、とか
女性の身体が猥褻だとか

ヌードメヘンディの撮影に協力してくれているモデルさんたちの
美しいまでに潔い脱ぎっぷりを見ていると、
一体、そんなことどこで誰が決めたんだろうと思う。

きっと大多数の女の人たちは皆、
自分の女としての肉体に誇りを持っているし
それを賛美されたいと思っているし
その身体を讃えられるために産まれてきている。

と、私は産まれた時からそう当然のように思い込んでいる。

私が女の身体が好きな理由も、
結局は自分が女だからで、
自分の身体を愛しているから、という
きっと単なるナルシズムに過ぎないんだろうな。

***

今回のヌードメヘンディのモデルさんは
パワー系のヨガをやっている方だったので、
身体のラインが樹の幹のように強く美しかった。

エレガントとか可愛らしさとかいうよりも
少し、動物のような有機的な要素を入れたかったので
羽根のモチーフとかを入れてみたのだけれど
ああ、牛の角とかそういう強い形も入れれば良かった・・・
と、ちょっと後悔。

ヌードメヘンディの時は予めモデルさんのイメージに合わせて
下絵を描いておくのだけれど
実際撮影まで終わってみた後で、
・・・ああ、もっとあそこのデザインああすれば良かった!
と悔やむことも多いのよね・・。

だけど、そんな後悔も含めて、
描いて撮って数時間で完成して終わる作品ッていうのは
それはそれでやはりおもしろいものです。