2016/02/07

ピースフル


男友達の清人と海際のホテルの部屋にいた。

「ナツコ、あなた以前、男ふたりと三人でセックスしたことあるっていってたでしょ。それってどんな気分なの。」

海際のホテルとは言っても夜遅かったので、窓からは真っ黒な重苦しい夜の海しか見えなかったし、男友達の清人は酒をのんで酔っ払っていた。

酒に酔っ払ってるこの男友達相手に話したことがどれだけこの男の記憶に残るもんなんだろうなあと考えたが、まあ、下戸な私はこういうことが多いんだ。
実はその話も、二度目なんだけどね。


「ああ、3pの話ね。なんかさ、3人ってことに、不思議と興奮はしないんだよね。わたしの場合はね。勿論、たとえば彼氏と私と、第三者としての男がもうひとりという状況だったら、被虐性とか彼に対する背徳感でもっと興奮できたかもしれないんだけど…
私がそのときやった相手はさ、仲のいい男友達ふたりだったからね、なんつーか、別に刺激的とか興奮するとか、そんな感じではなかったんだよ。」


「…俺、それ聞いてるだけで興奮するけど?」

「多分、聞いてるだけだからだよ。実際にやったら、場合によっては興奮してる余裕なんかないかもしれないよ。笑  3pってさ、ただ性器の擦りあいとしてのセックスをするってだけじゃなくて、結局は3人の関係性をどうつくるかが全てだったりするわけだから。
カップルと第三者の3pの場合は大体は嫉妬心を煽るだけだからわかりやすいけど、たとえば見ず知らずの男女が3人集まったらどう関係性をつくるのかって話でしょ。
男女女の場合はさ、大体女ふたりがレズするか、1人の男に女ふたりが奉仕するかのどちらかだけど、見方によっては男1人が女二人を満足させなきゃいけないわけだから、それはそれで結構大変だよね。女ひとりをホテルの部屋のクロゼットの中に縛って閉じ込めて、そこにもうひとり別の女を呼んでセックスしてる声だけをクロゼットの中の女に聞かせて楽しむ阿呆な男も知ってるけど、まあそれはちょっとSM的だよね。
男二人に女ひとりの場合は…やっぱり、男ふたりにやられてるっていう被虐性がいいのかなあ。AVにもたまにあるパターンだよね。正直、私はよくわかんないんだけどね、そういう、レイプにもにた被虐性って。まあそれは、男の妄想なのかもしれないし、見方を変えれば男2人に女が奉仕してもらってるってことかもしれないしね。」


部屋の窓際の椅子の上で、清人は珍しく日本酒を飲んでいた。
酔っ払っている時の、饒舌で人懐こくなる清人も好きだけど、私は普段の少し遠慮気味で距離感のある清人もセクシーだからとても好きだ。


セクシーな男は、女との距離の取り方がとても上手い。
女の、降伏と受容と警戒心の、いつもちょうどいいところに気持ちと身体の距離を取る。
警戒心すらも女にとっては刺激になると知ってか知らずか、器用な男は無意識に女との間合いを図る。
いつもちょうどいいとこにいてくれるから刺激的で、だからこういう男といるとやりたくなるんだよな。


こんないい男といれて、しあわせだなあ。

なんて考えてるとお酒が無くたって酔っぱらえるので、なんて私ってお得な女なんだろうなあ。なんて思ったりもする。


「あ、そういえば。」

「わたし、その男二人と仲良くヤった時にさ、変な話なんだけど。」

「うん」

「…世界平和って、こういうものなんじゃないかって思ったんだよね。笑」

「…え!なんで」

「なんかね。うまくいえないんだけど…漠然と感じただけなんだけどね、女ひとりに男ふたりでさ、それってフツーに考えたらものすごく不均衡がうまれるバランスだと思うわけ。しかもセックスっていう人間の根幹的な欲望が支配する状況で…争いもせず、誰かが主張するわけでもなく、その関係性の輪を保つためにある意味理性をもってことに及ぶその人間が人間たる、欲望を理性で整える姿勢自体がね。なんて、平和なんだろうって思ったよ。世界の人々がみなこんな姿勢で生きてたら、争いなんておこらないだろうにと。笑」

もちろんその時のメンバーの取り合わせが、適度に距離感のある仲の良い友人同士だったということも幸いしたとも言えなくはないわけだけど、なんていうか、逆に恋愛感情や独占欲が無かった分、みんなが冷静に、相手を思いやれた部分もあっただろうね。
ある意味で、愛のない世界っていうのは平和なんだよ。


「…あ!そういえばなんかそんなこと、なにかの本で読んだことあるな。なんの本だったんだろう、忘れたけど、複数人でセックスした時にピースフルな気持ちを感じた、とかなんとかそんな記述だったかな。読んだときは、複数のセックスでピースフルなんてさっぱりわからなかったし、いまでもわからないけど、きっとあなたがそういうんだったら、そういうことなんだろうね。」


へえ、そうなんだ。
てっきりそんなことを感じるのは私だけなのかなとも思ってたけど、結構世の中の人たちも複数人とのセックスで平和に思いを馳せたりしてるんだなあ。
って考えると、アブノーマルって一体なんだよ、って感じもしなくはないけど、まあノーマルと平和って、あたりまえだけど同義語ではないしなあ。


本当に平和な世界に「平和」という言葉が存在しないのと同じように、たとえば「倫理」や「道徳」という概念が存在しない世界というのは、倫理道徳以上に人間の自発的な、平和的な意志が存在し実行されている世界なんだろうなと、意味もなく想像してみる。

そこまで大げさな話ではないけど、私があの時感じたピースフルな気持ちというのは、そんな妄想の、一瞬の一欠片みたいなもんだ。
それは勿論、なにかの真理のようなものではなくて、というよりも真理と錯覚できてしまうような甘美な人間の妄想の一片のようなものなんだと思う。

そんな世界が人間に必要なのかどうかも、わからないしな。

「そういえばさ…いま、思い出したんだけど。たとえばさ、ナツコ、あなたと、あなたの大好きな彼氏と、他の男と3人でヤルとするでしょ。その場合、たとえば片方の男のモノをあなたの下の…体の方に咥えて、もう片方の男と、あなたがキスするとするでしょ。その場合、大好きな彼氏とは、どちらがしたい?彼氏とは、キスをしたい?それとも、他の男とキスしながら、彼氏に下にいれてもらいたい?」


「…それは」

「うん」

「…どう考えても、大好きな彼氏とはキスしてたいねえ。」

「だよね。俺も、そうだもん。好きな人とは、キスしてたいんだよね。」

「うん、だってさ、リアルな話、下の方に入れられてても、五感的には触感だけでしょ。キスはさ、相手の顔も見えるし、匂いもわかるし、味もするし、感じる感覚が多いからね。あとさ、正直いうと、男の人のモノなんて大小の差や硬さの差こそそこそこあれそんなに極端には感触って変わんないわけ。だけど、特に視覚的に見える顔とか目線って、人によってすごく違うでしょ。こういう言い方は下品かもしれないけど、もし目の前で大好きな彼氏が自分を見つめているとしたら、自分のお尻側で腰を動かしてるだけの男なんて高性能なオモチャにも及ばないわけ。なまじオモチャじゃなくて人格がある分、人格としては惨めにすら思えるかもしれないね。男側がどう思ってるかはわかんないけどさ。それに特に私は、男の人を好きになるときに顔の造作とか目付きとかで好きになることが多いから、やっぱり視覚的な刺激っていうのは、大きいってのもあるけどねえ。」

勿論、人によるのだろうけど、
精神的な部分のことでいえば性器なんて結構どーでもいいのかもしれないね。
たまに女の人でも、触られてもいないのに言葉や視覚的な刺激だけで興奮してイケる人もいるみたいだし、そう考えるともはや人間の性器って結果的に使ってるだけって感じもしなくないような。


「だからさ、その、キスの話だけど、もし俺とあなたと、他の誰かと3人でセックスするとするでしょ。そのときには、俺はあなたとキスしてたいの。わかってる?」

「じゃあ、誰かと3人でしようよ。この間 清人、いってたじゃん。そういうの一緒に楽しめそうな人がいるって」

「うん、今週、その人と会う予定があるから、打診はしてみるよ。・・・ただ、その人がOKするかどうかは、わからないけれど。」

「うん、それはもちろん、乗り気じゃないならやらなくてもいいだけの話じゃない。別に、やらなきゃいけないことでもないわけだし。」

そう、そういうことは、

べつにやる必要がなければやらなくてもいいことなんだ。
たとえばそんなアブノーマルな遊びが刺激になるのは、単に自分の、ノーマルの部分に深く捕らわれている人たちに限ってのことなのだと思う。
刺激は刹那的なものでしかないし、モラルの壁を超えたところでなにも超越しないし、なにか重要なものを手に入れるわけでもない。


必要がない人にとっては、本当に必要のないことなんだ。


清人は酔いも極まって、窓際の椅子の上からそのままベッドへと転がり込んだ。
少し私の身体に絡んできたので甘えてきたのかと思ったが、清人はそのまま静かに寝息をたてながら、眠ってしまったみたいだった。

風がないせいか波の音はほとんど聞こえなかったけど、あいかわらず窓の外には夜の、黒い海が見えた。
夜の海は重々しくて得体が知れなくて、足を踏み入れようものならそのまま引きずり込まれてしまうような怖さがあるけれど、私はそういう不気味さも、嫌いじゃない。

この男にも、あとほんの少しだけそういう部分が加わったら、もっと私好みの男になるんだけどなとも思ったけど、だけどそんなものを、この男は本当には必要としていないんだろうな。
なんてことを考えながら、私も同じ寝床の隅っこに陣取って、眠ることにした。