2015/11/15



昔、他人のセックスの撮影を頼まれたことがあり、
今日はその時感じた事などを書こうと思ったのですが、
今日はちょっと別のことを思い出したのでそれを書くことにしま~す。

先日、男友達に

「自分のヌード写真をブログとかに出すなんてすごいね。自信がないと、できないことだよね。」

と全くの悪気なく好意的に言われたのですが、



なんだろうな。

別に自信があるとかないとか、そういうことでもないんだよな。

自信があるから人前に身体を晒せるわけじゃなくて、
じゃあどうして自信がなかったら晒せるわけがないんだろう。

自信があってもなくても、
私は死ぬまで私でしかないわけで、
そんな私でしかない自分を、
どこでどうやって恥じる必要があるんだろう。

もし自分に自信が無くたって、そんな自分を他の誰かに否定されるいわれは無いって思ってる。
もしそれを自信と呼ぶなら、結局は自信があるってことなのかもしれないけれど。

そういう意味では、この数か月でヌードメヘンディに快く写真を提供してくれたモデルさんたちは、
ある意味でとても純粋な女性らしさをもって、私を刺激してくれた感じがした。

女の身体って、恥ずかしいものなの?
いや、勿論ありがたみがなくなるから日常で晒す必要はないけれど。

ていうか、恥ずかしいって、何?

…と思って「恥ずかしい」を調べてみたら、
「自分の欠点や過失などを自覚して体裁悪く感じるさま」と出てきました。

っていうか、

今、ただそこにある、私でしかない身体の、何が欠点なんだろう。
その自分でしかない身体の欠点に、価値がないと評価するのは誰なんだろう。


もちろん、そういう自己評価の問題以前に、
女の身体を含めたセクシャルな部分を「ふしだら」「淫ら」とする価値観もあるよね。

だけどさ、これって大体の場合、昔の男社会が植え付けた一方的な価値観だよね。
男なんて勝手だから、処女性や貞淑な妻を求める一方で、
女の魔性性とかエロとかを欲するわけでしょ。
まあ、そういうのもわかるっちゃわかるけど、そんなこと言ってたらさ、
誘惑したら「下品」って言われて、スッピンでいたら「色気ない」って言われて、
男もいちいち勝手だよなあと思うので、
結局、男がどう思うかなんてのは、気にしなくてもいいと思うのです。


って考えると、


結局、私にとって脱げるか脱げないかは、
自信の有る無しとも関係なく、
それによって男がどう思うかということとも全く関係がないことなのです。

誤解を恐れずいうならば、
ただ、恥ずかしくないからです。