2012/12/04

いいものだから



「本当にいいものだから、勧めたいだけなんだよね。」

と、ネットワークビジネスに参加している友人にビジネスへの参加を勧められてから
正体不明のモヤモヤした嫌な気持ちがずっと胸に残っていた。

その商品は私も使った事があったので質の良さは実感として知っていたし
この友人自体も価値観の許容範囲が広く良い事も悪い事もなんでも話せる女なので
人間的にとても好きだ。

でも このモヤモヤがなかなか消えない。

商品に対しての不信感でもなく、友人に対しての嫌悪感でもなく、
なんと言うか私の知る範囲での話になるけども、
ネットワークビジネスというものの仕組みのどこかに気持ちの悪さを感じるのですよ。

「本当にいいものだから、勧めたいだけなんだよね。
 で、それでもし後からちょっとでもお金が入ってくるならラッキーでしょ?」

たしかに。

それはそうなんだけど。

なんか気持ちが悪いんだよね。
だったらむしろ「売れればコミッションが入るんだよ。だから良かったら買ってくれない?」
と言われてセールスされた方がよっぽど気分がいい気が・・・。
ビジネスとして話を振られた方が、こちらも個人的な感情抜きでお金の話として対応できるからね。

友人関係にある知人が「これ、いいんだよ!」と勧めてくれたものを
「いらない」って言いにくいじゃない。
だって、まるで友人の好みや人間性まで否定するようにも取れるしさ。
もし仕事で勧めてんなら、「ごめん、お金無い。」もしくは「払う価値を感じない。」
で終われるのに。

「仕事」だから勧めているのか。
「友人」だから勧めているのか。

仕事で勧めてたっていいじゃない、と思われる方もいるとは思うが
だったら「本当にいいものだから勧めている」なんて言わずに
「仕事だから金を稼ぐために勧めている」と言われた方が幾分気持ちがいいんである。

私は金を稼ぐ仕事で人と接する時には、代金分の責任を全うしようと考える。

そして友人と一緒に居る時には、義務もなければ責任なんてどーでもよく、
ただその友人たちとその場に湧き出る心地よさを良いも悪いも無くただ共有したいと思っている。

この二つの関係性は、あいまいにしながら両立するのは難しいと思う。
ネットワークビジネスでトラブルが起こりやすいのは、
手始めに身近な友人たち相手にネットワークを広げていく場合じゃないだろうか。
あと、「ただ商品の良さを広めたい」というように、
お金を付加価値というかおまけのように扱うのもどうかと思う。
お金は「おまけ」になれるほど、謙虚でも惰弱でもない。

そこを曖昧にすることが不信感の苗床になったりもする。


「お金のためなの?私のためなの?」というある意味幼稚な問いに
ある人々がこだわるのは、お金は人が作りだしたものでありながら、
人を支配する力を持っていると実は皆が知っているからだ。


「本当にいいものだから、勧めたいだけなんだよね。
 で、それでもし後からちょっとでもお金が入ってくるならラッキーでしょ?」

で、結局この言葉に関して言えば、
友人関係という気安い心地よさに、責任の無い小銭が無害なフリして絡む感じが、
なんかセコくてイヤなんだよな。
そこらへんが、私的になんか割り切れなくて気持ちが悪かったのだ。

月々入ってくる小銭と、友人関係の気安い心地よさは私の中で価値として折り合わない。
まあ、もっとおおきいお金だったらまた別の話になるだろうけどね。

今回このビジネスを勧めてくれた友人は、
自分は参加していながらも私には誕生日にプレゼントとしてこの商品をタダでくれ、
参加しているくせに自分は一切セールスはせずに自分で商品を買っているだけ、
というそんな人間ではあるのだけれど。

「まあ私は売りはしないけど、そういうビジネスもさ、有りかなとは思って。
 だってさ、精神の健康も肉体の健康も大事だけど、
 経済的な健康も、無かったら不幸でしょ?」

最近またそのネットワークで購入したという健康ミネラルウォーターを飲みながら、
その友人は言ったのでした。