2012/10/03

愛の説明

Kuta in Bari


写真を撮るのが昔からとても好きで
中学生の時から父に貰ったペンタックスの一眼レフでよく写真を撮っていた。
いまは、ニコンのちっちゃなデジカメだけども。

写真を撮る時は、何が良いとか悪いとか、あまり考えていない。

私は理屈っぽい方なので色んな感情や思いを言葉に置き換えて
突き詰めて考えないと気が済まないところがあるのだけれど
写真を撮るときは何も考えないということが、できる。

写真はシャッターを押すだけという一瞬の作業でしかないから
何も考えない、ということができるのだと思う。
シャッターを押す時に何かを考えるようになってしまったら
私はもう写真を撮るということを楽しめなくなる気もする。


多分、言葉にしたり説明してはいけないもの、というものが、ある。

言葉を与えた瞬間に、言葉で何かの枠にはめたその時に
それ以上何も発展し得なくなる、そういうものがあるんだと思う。



たとえば愛や希望という言葉が時に人をしらけさせるのと同じように

言葉にしてはいけないもの

説明しなくてもいいもの

ただ 感じる事しかできないもの

そういうものが、ある。


言葉にできないからこそ
多分それは言葉にできないくらい無限に広がっていて

だからこそ、私は死ぬまでそれを求めつづけることができるんじゃないかと

そんなふうに、思う。