2011/05/15

美容院にて



「歯痛」が治まらぬ今日この頃。
「歯痛」でも楽しくできることってなんだろう?
と 考えた結果・・・。


なぜか美容院に行ってきました。髪伸びてたしね。


最近お世話になっている国分寺の美容師さんに
歯痛のうっとうしさと抜歯を控えた恐怖感を訴えたあと、
仕事柄いつもは「話を聞く」側でいる反動なのか
つらつら自分勝手にしゃべり出す私。


「先月、私 会う人会う人に『国分太一』に似てる!って言われたんですよ。
 言われたのが時期的に集中してるのって髪型のせいですかね?」


「あ〜 そうかもしれませんね。大体そういう「似てる!」って髪型のせいだったりしますよ。」


「たしかに、髪が長かったころはよく『井上真央』に似てるっていわれた。」


「井上真央ですか?いやなんかもうマエダさん、国分太一にしか見えないですよ。」


「てゆーか 昔は『ピノキオ』に出てくる金魚に似てるってすごい言われましたよ。」


「え?なんですかソレ」






・・・ですよね。
まあ 知らなくて普通ですけど(笑)


「似てる」で 思ったのですが


「印象が似てる」というのと「顔の造作が似てる」っていうのは少し違いますよね。
「顔の造作」は単純に骨格とかパーツの大きさとかバランスで決まると思うんですが
「印象」はその人の化粧の仕方とかファッションとか性格とか、
 その人独自の内側から出てくる何かが源にある気がしますよね。


だから、「顔の造作」は似てても「印象」がまるで違うと全くの別人に見えたり、
逆に同じような雰囲気やファッションだと全く違う顔でも似て見えたり。


結局 その人の「顔」というのは、
その生まれながらに持っている「造作」と自分の精神性を基盤とした「印象」の
完全な複合体なんだと思ったりします。


だから、人の顔をじーーっと見てて、


生まれながらの「造作」がどこまでなのかを精確に見極めたあと、


では それ以外の「印象」の部分を構成する「この人」はどんな人?


と いう目線でしつこく観察して考えていくと、


結構、その人のことがわかる気がする。


あと、ちょっと精神世界よりの考え方かもしれませんが


もしこの人が、この身体を選んで(もしくは与えられて)生まれて来たのだとしたら
その顔である必要性ってなんだろね?


とか そんな角度から考えても おもしろい。


そんなことばっか考えながら、昔っから人の顔 じろじろ見てます。


もうクセですね。フェチですかね。


ちなみに昔、前田がよく似てるといわれつづけた「ピノキオ」の金魚はこちら。


 
                 ・・・似てますか(笑)